神さまに、呼ばれることがある。

六曜による大安だから社寺へあがるのではなく、何かを祈願するわけでもない。

ふと、「氏神さまにご挨拶したいな」と思う時があるのだ。

 

このような日を私は “神さまに呼ばれる” と言っているのだが、今日がまさにそうであった。

 

元々予定していたわけではなく、正午ごろに丁度時間が空き、神さまに呼ばれたので伺った感覚なのだ。

 

早朝に呼ばれる時もあれば、ひょんなことから呼ばれる時もある。

浄化が必要なタイミングや、ハイヤーセルフメッセージを届けるために呼んでくれているのだろう。

有難いことだ。

 

 

社寺へあがると、心が洗われる。

普段からどのような場面でも神を想い、すべての行為と結果を捧げ、委ね、導かれているが、実際社寺へ足を運ぶと波動レベルで浄化されていくのが分かる。

他の誰がどれほど参拝していようとも、視界に入らないほど空気が澄んでいるように感じる不思議な感覚だ。

 

私は昔、この神聖な感覚を隠していた。

目には見えないものを感知することは、人によっては違和感を覚えるものだと思っていたからだ。

 

けれど、もう隠さない。

これが神が創造した唯一無二の私だから。

この人生を、全開で開いて奉仕するのみ。

 

 

神の崇高な導きは、日々誰にでも起こっている。

 

感じようとすれば感じられるものなのだと、私は思う🍀

 

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