
目の前の現象をどう見ているかは、あなたの心を如実に映し出す。
それはあなたが今何に意識を向け、何に執着しているのかを客観視するチャンスでもあるのだ。
例えば、あなたが1月2日、お正月の翌日飛行機に乗っていたとする。
帰省する人もいれば、旅行から帰ってくる人など様々な時期だろう。
あなたのシートの前に、女性が一人で座っているとしよう。
年齢は40代後半。メガネをかけ、上質なコートをお召しになっている優雅でエレガントな方だ。
ここで質問。
この女性が、もし独身だったら?
この女性が、もし男性だったら?
見え方が変わるだろうか。
この方は今、たまたま一人で飛行機に乗られているだけで、空港で家族が待っているのかもしれない。
お孫さんがいらっしゃるかもしれない。
結婚はしていなくても、素敵なパートナーがいるかもしれない....
このように心の見え方次第で、相手や状況がいくらでも変わって見えるものなのだ。
そう、物事の見え方は、見ている人の心次第。
心が、エゴが、感じ分けているだけに過ぎない。
気になる部分があるということは、あなたはその事象に執着しているということだ。
1月2日に女性が一人で飛行機に乗っているのを見て、既婚か未婚かという指標が頭に浮かんだなら、それはあなたが「あのくらいの年齢なら結婚はするべきだ」とか「結婚をしたら一人前」などという固定観念がある証。
何事においても、優劣や勝敗といったものは存在しない。
どちらの人生が正解不正解もない。
真の心の目は、二元性を超越している。
年齢、性別、国籍、肩書、学歴、経歴、見た目、背景、持ち物は、この世的なかりそめの指標に過ぎず、真の魅力や才能、その人固有の価値は偏差値では測りきれないように、無限大である。
その人のほんの一面だけを見て、その人の全てが見えているわけではない。
見えているのは、自分の心。
自分の心が、そこに映し出されているだけなのだ。
物事を見て感情が動いた時や、何かを体験して感じたことは、あなた宛のメッセージ。
あなたという心の見え方を客観視する良い機会なのだから🍀



