同じ行為でも、それを行う人の心境で、その行為は善にも悪にもなる。

善悪は、この世的な指針でのことではない。自身が今世成すべきことを日々淡々と行うことが善であり、生まれた時よりも煩悩を積むことが悪である。

 

どれほど何かを成し遂げても、世の中のためにと言って行動していても、私利私欲を目的に行為を行なっていては煩悩を積む。

逆に、自分が成すべきことを淡々と行い、行為と結果を執着せずに捧げられると、煩悩が一つずつ滅せられ、業が一つずつ果たされていく。

 

そう、日々は魂の修行の場。

実年齢に関係なく、誰でもいつでもどこにいても、己の魂の業を果たす機会に恵まれているのだ。

 

年齢を重ねていても、他者との比較や不平不満、私利私欲という煩悩に包まれ輪廻に取り込まれている人もいれば、実年齢が若くとも自分が今なすべきことを全身全霊で行い、日々自身のお役目を果たしている人もいる。

 

その者の魂が、毎瞬の言動をどのような心境で行い、起きた出来事をどう捉え、どう反応し、どう対処していくか。

エゴからなるものではなく、魂レベルでの真のあなたで物事を選んでいくことが、善。

 

 

あなたが "あなた" としてのお役目を悟り、日々業を果たしていくことは、宇宙の流れとの共鳴である。

 

日々宇宙の流れとともにいることは、あなたの人生にとって必要なことが宇宙の崇高な流れによって、あらゆる面で自然に満たされていくということ。

それはまさに、適切な時に適切な雨が降り、大地が潤い、植物が育ち実っていくという大自然が生み出す神聖な循環と同じことなのだから🍀

 

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