おおよそ、っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

 

マタイによる福音書25章29節にある意味深い一文は、人生のあらゆる面で当てはまる言葉だ。

 

今ある富に感謝していれば、ますます富がやってくる。

今ある愛に感謝していれば、ますます愛がやってくる。

心地よさに意識を向けていれば、ますます心地よさがやってくる。

今の自分ができることで精一杯奉仕していれば、何かしらの形でその恩恵を受けられる。

 

持っているというのは、お金や物といった『物質的豊かさを持つこと』だけに留まらず、愛や思い遣り、感謝といった『精神的豊かさを持つこと』にも関係しているのだ。

 

それは、日々起こる出来事を見ていれば一目瞭然。

例えば、私は最近とある企業で仕事をしていた時、その場の責任者である社員の方の愚痴を耳にした。

一緒に働いてくれている価値あるスタッフ一人ひとりに感謝せず、いかに人が少ないか、いかに自分の仕事が大変かをブツブツと文句を言っていたのだ。

 

その時、ふと思った。

「今、持っているものに感謝しないと、今あるものもなくなってしまうのに」と。

 

すると不思議なことに、その約1ヶ月後、長年勤めていたベテランが何の前触れもなく辞めてしまったのだ。

責任者は「なんで急に」と困惑。当然のことながら、現場は更に忙しくなっていた。

 

 

そう、対象はなんであれ、それがある時にその有り難みに感謝していないと、あるものまでもがなくなっていく。

欠落に意識を向けているから、欠落が増幅してしまう。

戦力になっていた人までもが、なぜかいなくなってしまうのだ。

 

もし、この現場の責任者が「今はとても忙しいけれど、それでもここで働いてくれている人がいる。ありがたい」と言えていたら、ない面ではなくある面に意識を向け、気分良く仕事をしていたら、もっと違う方法でことが進んでいただろう。

 

今、どこに意識を向けるのか。

 

何かが足りないと思うなら、準備をしておけばいい。

来る時に向けて。

 

 

 

それぞれの人生にとって意味のあることが、日々起こる。

目には見えない豊かさの流れの中で、それぞれの魂の成長にとって意味のあることが日々起こる。

 

あなたが既に持っているものは、誰かにとっては憧れのこともある。

あなたが日々当たり前に思っているものは、とても有難いことなのだ。

あなたの内にある奇跡の結晶は、あなたに気づいてもらえた時、真に光り輝く。

 

日々の出来事の中で、その時どう感じ、何を思い、どう忠実に行動するのか。

 

それを、いつでも見られているのだろう。

あなたを今に成した高次元の存在によって。

 

けれど、人によっては容易に今の現実では感謝ができないこともあるかもしれない。

それならば、まずは自分をリラックスさせてあげよう。

 

あなたにとっての心地よさを見つけ、あなたにとっての幸せに意識を向ける。

過去や未来ではなく、今、この瞬間に意識を向けて、あなたが心地よくなることを選べばいい。

 

音楽が好きなら音楽を聴き、ゲームが好きならゲームをする。

気分が楽になってきたら、少しずつ有り難さに目を向けられるようになる。

 

当たり前のことなど何一つなく、日々が感謝で満ち溢れているのだから。

 

 

おおよそ、っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

 

あなたは今世何を生まれ持ち、何を与え、何に感謝するだろうか。

過去ではなく、未来ではなく、今のあなたが持つものが鍵になる。

 

その意識は巡り巡って、あなたに返ってくるようになっている🍀

 

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