
結婚をしているから、人生が成功なわけでも偉いわけでもない。
その者の魂の成長にとって今世結婚というものが必要なのであれば、結ばれる時に結ばれるだけのこと。
日々毎瞬、それぞれの魂にとって必要な学びが起こっており、結婚していてもいなくても自分という唯一無二の価値は普遍である。
いつどこで何をしていても、自分を創造し生かしている高次元の存在が創った通りの自分を全開で生きる。
ただ、それだけのこと。
これは、私が独身の頃に常々思っていたことだ。
結婚している今でもそう思う。
幸せの形は人それぞれであり、何が正解不正解もない。
結婚が人生のすべてではないのだ。
私は独身の時から、魂の声を尊重してきた。
時には「独身だと好きなことができていいね」と言われたり、「独身だと時間があっていいでしょ」などと、その人の固定観念による言葉を言われたりもした。
それでも思ったものだ。
「あなたが価値ある時間を過ごしているように、私は私で価値ある時間を過ごしている」と。
「結婚していてもしていなくても、私はいつでも幸せであり、この人生を全開で生きるだけ」と。
独身者に対して、「いい歳して」と何を基準にしたのか分からない言葉を口にする人もいる。
そのような心ない言葉しか選べない人は、世間体や見栄、執着に囚われて、魂の声ではなくエゴであらゆることを選んできたのだろう。
心の底から魂の声を爆発させてこなかったから、その反動が他者との比較や不平不満として現れてしまうのだ。
相手の人生観という波動に合わせて、自分がブレる必要はない。
それぞれに観ている美しい景色があり、価値ある尊い軌跡があり、その時々で魂の学びと共に今世為すべきことがある。
結婚をして子育てをしてこそ一人前、という時代もあったのかもしれないが、時代はいつでも柔軟に変わりゆく。
結婚したいと思える人と出逢ったなら、結婚すればいい。
今出会いがなくても、今世結婚することになっているのなら、出逢うべき時に出逢う。
早いも遅いもない。
そう思っているのは、その人のエゴ。固定観念だ。
40代、50代で初婚の人もいれば、今世3回結婚する運命にある人もいる。
10代からのパートナーと生涯添い遂げる人もいるし、独身で今世のお役目を全うする人もいる。
芸能人を見てみるといい。
独身でも母親役を立派にこなす人がいる。彼女が演じる素晴らしい役を通して感動をもたらし、生きる勇気や希望を多くの人に与えている。
とても価値ある人生だ。
独身で何が悪い。
結婚していてもしていなくても、一人ひとりの価値は普遍。
一人ひとりに今世のお役目という道があり、魂の成長に最も適した環境へと導かれるようになっている。
だから、ありのままであればいい。
ありたいようにあればいい。
ありのままの自分を愛し、許し、受け入れる。
ありのままの相手を許容する。
愛ある視点に立ち返れば、万物の流れが尊く見えてくる。
そこには、年齢はいくつで、独身か既婚かといったこの世的な指針の感覚を超越していて、皆が豊かで幸せであれますようにと自然に思える静けさがある。
何を今世、何遂げたいのか。
何を大切にしたいのか。
それは、他人の目や世間体ではなく、自分の心が一番知っている。
魂の声を、もっと信頼してあげよう。
あなたは、広大な愛と豊かさそのものなのだから🍀



