
新年が始まってから行われたとある集まりで、魂の浄化になる出来事が起こった。
それは、私の両親の年齢を聞かれた時だった。
相手の年齢や相手の両親の年齢を聞くというのは、よくあることだろう。
会話としても悪いことではないし、私も昔なら何も意識せず普通に答えていたと思う。
だが、今回は違った。
私は、「幾つだろう?」と言い数秒考えたのだが思い出せず、自分の年齢も意識していない時が多いので、その場では幾つなのか分からなかった。
そして、両親の年齢について思い出しながら感じたことを素直に言葉にした。
「幾つだか分かりませんが、幾つでも構いません」
それが本音だからだ。
そして、「自分の年齢が幾つだか分からなくなる時もあるので...」と正直に話したら、「年齢を気にせずに生きるっていいよね!自分は○歳だけど、自分より腰が曲がっている人が年下の時もあるよ」と言われた。
何歳であろうと、両親にとって幸せな人生を日々歩んでくれればそれでいい。
何歳だから若くて、何歳だからもう年というのは、この世的な指針と人それぞれの心の目で見ているだけで、実年齢と魂の年齢は必ずしも一致しないからだ。
私は先の言葉を言うかどうか、一瞬躊躇した。
自分が思っていることを正直に口にするというのは、時に勇気がいる。
けれど、愛情を込めて自分の気持ちを素直に表現するこの過程が、魂の浄化そのもの。
真の自分を偽らないからこそ魂が進化向上し、また一つ今世の業が果たされていく。
私はこの会話の後、心が軽かった。
もし魂の声が感じたことを抑え込みその場をやり過ごしていたら、どこか蟠りを感じていたことだろう。
昔はそういうことが多かったので、魂の声を躊躇しない大切さを身にしみて感じている。
相手の価値観を尊重しつつ、自分の価値観も尊ぶ。
言うべき時には言うべきことを、その場で素直に伝える。
後でや裏でではダメなのだ。
魂が浄化される機会は、突然訪れる。
その機会を逃さず業を果たすには、日頃から思考の段階で、自分の考えや気持ちに正直でいることが大事なのだなと改めて感じた出来事だった🍀


