
どれだけ忙しなくても、どれだけ大変でも、丁寧に生きてみる。
相手を思い遣り、自分を思い遣り、人だけでなく物も含め大切に扱ってみる。
生き急ぐ必要などない。
今、目の前の瞬間を、大切にしてごらん。
いつでも、どこにいても、何をしていても、今この瞬間に価値があり、意味のある時間が流れているのだから。
それなのに、人によっては相手の年齢や性別、国籍、肩書、背景、見た目などで、相手への対応を変えていないだろうか。
自分の気分や体調、状況によっては、丁寧に生きられないこともあるかもしれない。
相手にきつく当たってしまったり、嫌悪感を出してしまうこともあるかもしれない。
けれど、もし、目の前にいる相手が、大統領や天皇や首相、好きな人や憧れる人だったら?
何があろうと、もっと丁寧に対応するはずなのだ。
適当に対応したり、雑に扱ったりすることなく、誤字脱字を確認せずにメールを送信することもないだろう。
それは、整理整頓など、空間や物に対する丁寧さも同じこと。
高価な物だから大切に扱うのでなく、どのような物であっても丁寧に接することができるかどうか。
間違えることや失敗すること、散らかすことが悪いのではなく、丁寧に生きてみる。
行動の奥にある万物への愛や思い遣り、尊重、感謝の気持ちがあるかどうかが、その人の人柄や運気、はたまた運命をも容易に変えていく。
目に見えるものがすべてではない。
良い悪いの二元性や、見た目を超越したところに真理がある。
日々何か一つでもこだわりを持って丁寧に生き、その時々で自分の行動を振り返り、もっと丁寧に生きようとする信念の先には、エゴではない真の自分である魂の声を感知する貴重な体験が待ってる。
その後に起こることは、丁寧に生きた人のみが体感できるもの。
丁寧に生きれば生きるほど、悩みが軽くなり、日々が幸せで満たされ豊かになる。
物質的にも精神的にも、自分でも驚くくらい、気づけば願いが実現している環境にいられるようになる。
丁寧に生きる姿勢が望みの波動領域と共鳴し、自然に自分の元へと引き寄せられてくるようになるのだから🍀



