今のあなたの悩みは、広大な流れの中での一瞬の出来事であり、かりそめだ。

あなたが「あなた」として創造された目的があり、あなたはそのお役目を果たすために今を生かされていて、良い悪いもなく、ただあるがまま崇高な時の流れの一部を生きているにすぎない。

 

あなたのエゴが今をどう感じていようとも、あなたの魂の成長にとって意味のあることが、日々起こっているだけなのだ。

 

 

「あなた」という存在の本質を知る手掛かりに、ダルマというものがある。

自身のダルマであれば、あなたを、あなたとしてたらしめているものをダルマという。

 

あなたがやるべきこと、あなたが今世やらなくてはならないことだ。

それは、あなたの魅力や才能が発揮されるお役目であり、今世の履修課題であるカルマでもある。

 

 

ダルマには、4つの種類がある。

自身のダルマ、人間のダルマ、社会のダルマ、そして宇宙のダルマだ。

これらの考え方は、古代インドの経典バガヴァッド・ギーターに由来する。

 

悩みの多くは、社会的なダルマに依存する。

我々は日々、感覚器官を刺激する物事に囲まれ、「自分とは何者なのか」ということや、「なぜ生きているのか」という崇高な疑問を持つこともなく、流行や周りの目、見栄や固定観念というエゴから、本質を見ることもなく煩悩を積み続け、悩みを無意識に自分で作ってしまっているのだ。

 

社会のダルマは、この世的なこと。

私利私欲の成すすべてが社会のダルマであり、感覚器官を満たすありとあらゆるものを指す。

 

「こうでなければならない」という習慣やしきたり、「普通はこう」という社会が作った枠を気にしてばかりいると、あなたの中で煩悩潜在印象が積まれ、今世が終わっても輪廻という今とは違う別の姿形として、来世も苦楽の学びのために生まれ変わらなくてはならないという試練に取り込まれ続けると言われている。

 

だから、今の悩みは、俯瞰してみると一時的なものだと分かる。

大きな海に浮かぶ一時的な波。

やがては本源の海へと回帰していくものだから、あるがままに今を受け入れて、今できることを淡々と行っていれば、業が果たされたタイミングで、悩みの種は消え去っていくようになっている。

 

どれほどエゴが今の現実を大変に感じていても、煩悩を積み続け、全く違う人生を来世以降もやり直し続けるという輪廻に取り込まれるよりは、今を受容し愛し許すことほど容易いことはないのだ。

 

悩みを隠そうと、自分以外の外側にあるものでいくら表向きを飾っても、どれほど社会のダルマの中で何かを成し得ても、自分で内なる自分である真我(魂)、つまり自分を成した高次元の存在からのエネルギーを真に感じていなければ、心の底からの幸せや平穏は得られないようになっているのだ。

外へ外へ解決策を求めるほど、悩みというこの世的な社会のダルマの呪縛に、取り憑かれたままになってしまう。

 

 

なにも、悩みを感じるのは悪いことではない。

感情は素直に感じ、執着をせずに手放せばいいのだ。

 

日々、自身のダルマである『あなたが今世やるべきこと』を淡々と行う。

自身のダルマは、今、目の前にあることだ。

やらなくてはならないこと、やることになったことを、無心に淡々とこなすことで、煩悩潜在印象が滅せられ、あなたの今世の履修課題である宿業潜在印象(カルマ)が滅せられていく。

 

自身のダルマに加えて、人間としてのダルマも行うことが大切だ。

なぜ自分は生まれてきたのか、なぜ他の動植物ではなく人間として生きているのかという真理を悟る領域である人間のダルマは、思考活動と言語活動ができるお役目をどう活かすかを問われる。

 

惰性や動性的に生きるだけではなし得ない、人間だからこそできることがある。

それを、あなただからこそできることとして行うと、人間のダルマの業が果たされていくのだ。

 

 

とはいえ、自身のダルマや人間のダルマを行いつつも、生きている以上は社会的なことも多少は行わなくてはならないだろう。

そのような時は、すべての行為と結果を高次元の存在にゆだねればいい。

あなたをあなたとして創造した存在に。

 

これは、行為者主体を手放し、結果にも一喜一憂せずに捧げるということ。

悩みも歓喜も喪失も、成功も失敗も、賞賛も批判も、あらゆる感情の全てを。

 

そうしているうちに、今の悩みが悩みではなくなっていく切り替わりの時期が来る。

あなたの波動が、高次元の波動領域へと転換期を迎えた合図だ。

 

その頃には、見える世界や起こる出来事、あなたの対応の仕方が見違えていることに驚くだろう。

 

 

最後に、宇宙のダルマについても触れておきたい。

宇宙のダルマは、地球や宇宙をも成した本源を悟る領域だ。

便宜上、ブラフマンと呼ばれており、ただそこにあるとしか言いようがない存在があったから、空間の揺らぎが起き、ビックバンが起き、あらゆる惑星が生死を繰り返し、動植物が誕生していったという崇高な流れの本源に意識を当てて生きることを意味する。

これが、宇宙のダルマ。

 

「ブラフマンがあるお陰で、自分は存在しているのだ」という考えは、すぐには理解し難いかもしれない。

しかし、これが真に悟れると、悩みが本当になくなっていく。

 

喜怒哀楽を感じてもそこに執着しなくなり、ただ毎瞬があるがままなのだと思え、いつでも平静になれるのだ。

誰が何をどれほど持っていようとも、それらすべてはブラフマンのものであり、ブラフマンの元へと返っていくのだと分かり、自分が持つお金や物や時間、この人生さえも、ブラフマンよりもたらされ、ブラフマンへと返っていく。

「これは私のもの」「私はこうしたい」という私という主語のすべてが、ブラフマンへの捧げ物のように感じられるので、悩みという重荷も捧げゆだね、導かれることができるようになる。

 

2000年以上も前からあるこのようなダルマという考え方に共感した時(正確には、思い出した時と言ってもいいのかもしれない)、現実で何があっても、自分の人生にとって意味があり必要なことは、神聖な流れの中で確かに満たされていくことを感じられるようになる。

この感覚は、莫大な富や宝石や、地位名誉を得ても絶対に得られないもの。

悩みを超越した不可思議力による無限の豊かさと、自分は一体であることを思い出す瞬間だからだ。

 

 

 

今回は、2500字程度でダルマについて簡潔に記載してみた。

すぐに理解できる人もいれば、何を言っているのやらと思う人もいると思う。

 

どちらが偉いわけでも凄いわけでもなく、それぞれの魂にとって必要なことが異なるだけのこと。

 

もしあなたがどこかのタイミングで、何かをどれだけ成し得ても、自分の中にいつまでも満たされない心に気付いた時、ダルマについての探求が始まる。

まさにその時が、分の中に流れる神聖なエネルギーと真に共鳴していくタイミングだ。

 

そこから始めても遅くはない。

 

あなたの人生にとって意味のあることが、日々起こる。

良い悪いを感じ分けているのは、あなたのエゴ。

 

毎瞬がただあるがまま。

だだ、それだけなのだから🍀

 

おすすめの記事