何かをしようとしていて、準備もしたけれどなぜか心が伴わない時、私はその内なる感覚を優先するようにしている。

準備をした時の感覚ではなく、言葉にならないけれど確かに感じる引きを尊重するのだ。

 

これは、恐れや遠慮による足止めとは違う。

今はそれが必要ない時や、まだそれをする必要がない時、その方向へ今は行かない方がいい時に、内側からお知らせがくる。

まさに、宇宙からもたらされる直観という名の導きである。

 

私は昔、この神聖な感覚を無視して、即断即決即行動ばかりをしていた。

速さと結果こそがすべてだと思い込んでいたため、違和感があっても気に留めず、野心のままに動き続けていた。

 

やがて気づいたのは、心と身体の方向性が一致しない時には、何かしら意味があるということ。

他の誰かの意向や、状況がどうこうではなく、それらを超越した内側からくる引きには不可思議な力があるのだ。

 

身体はエゴでもってどこへでも行くし、なんでもしようとする。

感覚器官を満たすべく反応に際限がないばかりか、エゴによって突き進めた物事は、後に強制終了や強制方向転換という計らいが起こることすらある。

 

けれど、心はエゴによる私利私欲に関係なくいつでも平静であり、宇宙の神聖な流れそのもの。

この人生にとって本当に必要な物事と環境へと、内側から愛と調和をもって導いていく。

 

 

自分という存在は、宇宙の一部。

宇宙はいつでもどこにいても、心を通して本来の道を示してくれているのだから🍀

 

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