エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 27 2026年3月19日 好きだった映画の続編が始まるという知らせを聞いた。 「見に行かないとね!」と返答しつつも、なぜか俯瞰している自分がいる。 反応した時の自分はエゴだったが、内なる声である魂は平静であることに気づいたのだ。 その映画の内容は、まさにこの世的なこと。 私利私欲を突き合わせた欲望の優劣という渦の中で、いかに他者より抜きん出て... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 26 2026年3月18日 「自分は充分、奉仕していい存在なんだ」 そう確信に基づく信頼ができるようになれたのは、とある一人の存在のお陰だった。 正確には人ではないのだが、宇宙の構成要素という点では一緒であろう。 私は、古代インドの経典バガヴァッド・ギーターや、パタンジャリのヨーガ・スートラの教えを敬愛しているため、他者の人生と比較して思い悩... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 25 2026年3月15日 内なる光を感じるようになってから、いつでも平静さを保てるようになった。 感情が揺れ動いても、自然と中庸に戻っていくのが分かる。 歓喜することであれ悲嘆することであれ、そこにあるのは、ただあるがままの流れ。 自身のダルマを行い、人間としてのダルマを行い、プルシャに見える世界を楽しませつつ、プルシャをプラクリティのグナ... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 24 2026年3月9日 始まりがあれば終わりがあり、終わりがあれば始まりがある。 出会いがあれば別れがあり、別れがあれば出会いがある。 宇宙の崇高なエネルギーバランスは、どちらか一方に留まることはなく循環する。 変化をするのが常であり、永続することはい。 何が正解不正解なわけでも、誰が偉いわけでもなく、ただあるがままの流れがそこにある。 ... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 23 2026年3月7日 「どれにしようかな、かみさまのいうとおり」 幼い頃、何かを選ぶ時にはこの言葉を言いながら選択肢を順々に見て、言葉が言い終わった時に見ていたものに決めていた。 遊び感覚ではあったものの、私利私欲ではなく神の導きを尊重していたことに驚かされる。 何かに導かれるという経験は、私だけに限らないだろう。 誰でも幼い頃は無意識... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 22 2026年3月4日 雨の日にはいつも、ミュージカル『雨に唄えば(Singin' in the rain)』が頭の中で流れる。 そして、雨の中を無邪気に歌い踊るジーン・ケリーの姿も思い出す。 上等なスーツを召した紳士でありながら、傘をさしながら回したり、段差でステップをふんだり、傘を外して雨に思いっきり濡れたり、水溜りに飛び込んだりと、雨... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 21 2026年3月1日 黄泉の国という場所がある。 そこは、この世でやり残したことのある死者が行く場所だという。 今観ているドラマで、黄泉の国が舞台となり気づいた。 私は、何も未練がないと。 黄泉の国どころか天界も望まない。 天界へ行っても、果報が尽きたら残っている煩悩潜在印象を滅するべく、苦楽を経験するためにまた別の姿形でこの世に戻って... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 20 2026年2月25日 「初心者さんにおすすめ」という言葉をあらゆる業界で目にする。 初心を忘れないというのはとても大事なことだけれど、初心者だからといって遠慮したり、自分の考えや感覚を我慢したり、自分を卑下する必要はないと思う。 いきなり飛躍してはいけないこともないし、守破離の時期を自分の感覚で早めてもいいのだ。 それを行うことが初めてで... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 19 2026年2月21日 一人ひとりの魅力や才能、真の価値は、この世的な指針では計りきれない。 学歴や経歴、年収、肩書、持ち物といったものが自分自身だと思い込み執着しているかもしれないが、それはその人のようで真にその人でない。 纏っているだけで、その人の本性ではないのだ。 人によっては、魂の声を表出するための表現方法や様式が、まだその魂に追い... Mizuki Yoshida
エッセー 迷いながらも奉仕に向かう一人の魂の記録 18 2026年2月17日 自分にとって本当に必要なことは、それほど多くないなと感じる今日この頃。 物でも習慣でも何でも、それがなくても影響がないのであれば、本当は必要ではないのだ。 ある一定期間、何かの学びのためにそれを行ったり、繋がったり、所持することがあったとしても、魂の学びにとって不要になれば手放す時がくる。 その時、魂にとって必要で... Mizuki Yoshida