児童文学書には、大人になった今だからこそ心に響く言葉が、たくさん込められています。
何気ない一文や会話の中には、深く考えさせられるものも多くあり、時に涙を流してしまうこともあります。
こちらのメッセージ集は本の要約ではなく、純粋にそこに描かれている世界から、そのままの言葉の一部を集めました。
そして、あえて私自身がその言葉に対してどう感じたかは記載しておりません。
あなたの感覚が、一番大切だからです。
最初から読み始めても、ふとした時に選んだ番号からでも、それが今あなたにとって何か意味のある言葉となることでしょう。
忙しない日常で忘れがちな大切なことを改めて思い出させてくれる世界へ、いってらっしゃいませ。
Contents
1
わたし、幸福になるひけつをみつけました。それは、いまを生きることです。
過去をいつまでも悔やんだり、未来に期待するのではなく、いまこの瞬間をできるだけ大切にすること。
一秒一秒を楽しみつつ、自分が楽しんでいることそのものを楽しむのです。
多くの人々は、生きるのではなくただどこかへ向かって急ぐことに夢中になりすぎて、息を切らし、穏やかで美しい田園風景をめでることもせず、ただそこを通りすぎてしまう。
そして気づいた時には年を取って疲れはて、ゴールにたどりついたかどうかなんてどうでもよくなってしまいます。
私は歩く道々で腰をおろし、小さなしあわせを積みあげていきます。
「あしながおじさん」
作者 ジーン・ウェブスター
訳者 西田佳子
発行 小学館
2
赤ら顔の男が住んでいる星があってね。そいつは、花の匂いなんかかいだことがない。
星をながめたことも、だれかを愛したこともない。年がら年中足し算だけ。
でもってきみみたいに、こうくり返してる。
《おれには大事な問題がある。大事なことを考えているんだ》って。
そうやって、うぬぼれでいっぱいになっている。
「Le Petit Prince 星の王子さま」
作者 サン=テグジュペリ
訳者 平岡敦
発行 小学館
3
わが魂は息吹
ありとあらゆる美から生まれしもの
神の顔(かんばせ)のごとく
神の創造から生まれしもの
「みつばちマーヤの冒険」
作者 ワルデマル・ボンゼルス
訳者 遠山明子
発行 小学館
4
「これは、あなたがよい選びかたをしたご褒美です。あなたは見た目のよさや才気ではなく、やさしく美しい心を選びました。だからこそ、そうした長所すべてを兼ね備えた人に、めぐり会うことができたのです」
「美女と野獣」
作者 ボーモン夫人
訳者 河野万里子
発行 小学館
5
「ビンニャーの傘はきれいだけど、強い風には耐えられないぞ」「陽射しが強すぎると縮んでしまうし、近くで雷がなったら、それはあの傘が呼び寄せたんだ」「不幸が広まったら、それはあの傘のせいだわ」などなど。
でも、本当は、みんなあの傘に憧れていたのだ。
大人と違って、子供たちは正直で、傘を素直にほてめくれる。
「とても軽くて、きれいだわ。それに、青色がとっても明るいし」と。
傘はビンニャーに、よく似合っていた。
「青い傘」
作者 ラスキン・ボンド
訳者 鈴木千歳
発行 小学館
6
「ひさしく鳥の声に耳をかたむけたこともなかったが、マーリンよ、そなたはわたしを鳥のすがたに変えて、高みから見おろす世界を教えてくれたことがあったな」
「さよう。いかなるものにも、それぞれに見える世界があるのです。水の世界もまたしかり」
「アーサー王物語」
文 井辻朱美
発行 小学館
7
「母上、どうぞお体をお大事に。少しのあいだ、留守にさせていただきます」
「出雲に送り出すことはしましょう。ただし、早くもどって老いたこの母を安心させるのですよ。長くあちらにとどまって、きょうを今生の別れの日にすることのないように」
「人の命は、流れに浮いた泡のようにいつ消えるともしれないものですが、きっと帰ってまいります」
「雨月物語」
作者 上田秋成
発行 小学館
8
人が授かっているものは、その肉体と精神だけだ。
そんな存在の、しかもたった一人の人が、荒れ地を理想の地に、聖書でいうカナンの地に変えたのを目のあたりにすると、人間とはやはりすばらしい力を秘めているのだと思わずにいられない。
だがそれは、ねばり強く気高い魂と、与えつづける広い心がなければ、けっして実現しなかった。そう考えると、あの年老いた農夫に、かぎりない敬意がわいてくる。
彼に学問や教養があったわけではない。
それでもブフィエは、神の御業に値する仕事を成しとげたのである。
「木を植えた人」
作者 ジャン・ジオノ
訳者 河野万里子
発行 小学館
9
「まんまとやられたね。ネズミは頭がいいね。ゾウだってかなわないらしいよ!」ショラはためいきをつきました。
「けど、チージュを食べたってことは、作戦はよかったってことだっち」アンヘリーリョがいいました。
ショラはうれしくなりました。これほどよくわかってくれるなんて、それでこそなかまです。
なかまとわかりあって、失敗をゆるしあえるのは、すばらしいことです。
「ショラのぼうけん」
作者 ベルナルド・アチャガ
訳者 宇野和美
発行 小学館
10
「わしの中には、いつも、もう一人のわしがいる。育み、慈しむ力と、破壊し、滅ぼす力。人々はそれを和ぎ(なぎ)の御霊と荒ぶる御霊とよぶ。その二つの力が、わしの中には宿っているのだ。」
「空へつづく神話」
作者 富安陽子
発行 偕成社
11
「あの時、あの五人のものを救いに、だれも行かなかったじゃないか。」「そして、あのあとなにもお祭りとしてしなかったじゃないか。」
みんなは、ゆくえがわからなくなったなかまにたいして、つくさなかったことが悪いと、はじめて後悔しました。
「黒い人と赤いそり」
作者 小川未明
発行 小峰書店
12
ふと、気がつくと、手おけの中に、金色の星が映って、ぴかぴかとゆれていました。
「あら、まあ。」われをわすれて、星は、そこらにきこえるような高い声をだしました。その場に足を止めました。目さきを空にむけました。どこに、そんなりっぱな星が出ているのかと、ふしぎにしながらさがしてみました。けれども、見あたりませんでした。
見あたるはずはありません。その星が、自分自身でありました。金色のみごとな星の光こそ、三つめの星の光でありました。そうして、それは、顔や、すがたの光ではなく、やさしい心のとうとい光でありました。
「光の星」
著者 浜田広介
発行 あかね書房
13
ほんとうの時間というものは、時計やカレンダーではかれるものではないのです。
「モモ」
作者 ミヒャエル・エンデ
訳者 大島かおり
発行 岩波書店
14
マチルダのいいところは、もしあなたが偶然出会って、ことばを交わしたとしても、あなたは、彼女を、ごくあたりまえの五歳半の女の子だと思ってしまうということだ。
マチルダは、すばらしい頭のよさを、ほとんど外にあらわさない。ぜんぜん、ひけらかそうとしない。「かしこそうな、おとなしい女の子だな」とあなたは思うだろうが、それだけだ。
なにかの理由で、彼女と、文学か数字について話を始めでもしないかぎり、けっして、その人なみはずれた頭のよさに気づくことはないだろう。
「マチルダは小さな大天才」
作者 ロアルド・ダール
訳者 宮下嶺夫
発行 評論社
15
ぼくはよく、「ぬ」と「め」、それから「れ」と「わ」をまちがえた。でも、ぼくがどんなにまちがえても、イッパイアッテナはけっしておこったりはしなかった。
「始めはだれでもそうさ。気にするなって。そのうち、まちがえなくなるからよ。」といって、かえって、なぐさめてくれた。
「ルドルフとイッパイアッテナ」
作者 斉藤洋
発行 講談社
16
そこで四人の男たちは、てんでんにすきな方へ向いて、声をそろえて叫びました。
「ここへ畑起こしてもいいかあ」「いいぞお」森が一斉にこたえました。
みんなはまた叫びました。
「ここに家建ててもいいかあ」「ようし」森は一ぺんにこたえました。
みんなはまた声をそろえてたずねました。
「ここで火たいてもいいかあ」「いいぞお」森は一ぺんにこたえました。
みんなはまた叫びました。
「すこし木もらってもいいかあ」「ようし」森は一斉にこたえました。
「狼森と笊森、盗森」
作者 宮沢賢治
発行 小学館
17
いい魔女グリンダは、ルビーの玉座からおりて、ドロシーにおわかれのキスをしました。ドロシーは、仲間や自分にいろいろ親切にしてくれたグリンダにお礼をいいました。
こうしてドロシーは、おごそかにトトをだきあげ、さいごにもう一度だけおわかれをいってくつのかかとを三回打ちならしました。
「オズの魔法使い」
作者 ライマン・フランク・ボーム
訳者 宮坂宏美
発行 小学館
18
ぼくには果たさなきゃならない使命がある。やり残したとこを解決しなきゃいけないんだ。ふたりでお互いを許さなくちゃいけない。ぼくが飛びだしていってトラックにはねられる前にエギーに言った言葉を、エギーが一生思いだしてつらい気持ちになるなんて、絶対にいやだ。
「ぼくが死んだらきっと後悔する!」ぼくはエギーにそう言った。
「後悔なんてするもんですか!」エギーは大声で返した。「せいせいするわ」
それっきり、ぼくは帰らなかった。
「青空のむこう」
作者 アレックス・シアラー
訳者 金原瑞人
発行 求龍堂
19
「こりゃ、コロボックル用にはならないな。われわれは、われわれに向いた方式でつくらなくては」
小さな技師たちは、そう考えなおし、知恵をしぼった。そして、いいエンジンはとてもつくれないとあきらめたとき、とうとうすばらしいことに気がついた。
“すばらしいこと”なんて、いつだって、つまらないことのすぐうしろにあるものだ。うっかりしていると、見のがしてしまうようなところにね。コロボックルの小さな技術たちの気がついたことも、やはりそうだった。
「星からおちた小さな人」
作者 佐藤さとる
発行 講談社
20
「私はね、自分と話してることが多いの。何かを言ったり、したりするとき、私はね、自分に聞いてみるの」
ぼくが母さんと話をするように、ソヒは、自分自身と話をするんだって。自分が嫌いだったり、自分を憎んでいたり、自分を信じていなかったら、それはできないと思う。母さん、ようやく、ひめゆりの花の絵がちゃんと描けたみたいだよ。
花の絵を完成させたバウは、スケッチブックのすみに書きこんだ。
ひめゆり。ソヒに似てる花
自分を大切にすることを知ってる花
「あなたもひめゆりの花」
作者 イ・グミ
訳者 神谷丹路
発行 小学館
21
プーは座ると足を地面にめりこませるようにして、クリストファー・ロビンの背中をぎゅうっと押しました。クリストファー・ロビンもプーの背中をぎゅうっと押しながら、長ぐつがはけるまで、引っぱって引っぱって引っぱり続けました。
「あ、はけたね。つぎはなにをするの?」
「みんなで探検に乗りだすんだ」
クリストファー・ロビンは立ち上がると、土をはたきながらも、「プー、ありがとう」というのを忘れませんでした。
「クマのプーさん」
作者 A・A•ミルン
訳者 石井睦美
発行 小学館
22
「なにか得をするようなことはなくっても、ただいいことってたくさんありますよ。クリスマスもそのうちの一つです。
クリスマスの季節になるといつも思うんです。神聖な成り立ちやなんかはべつにして、すごくいいものだと思いますよ。やさしい気分でゆるしあって、いいことがしたくなる。気持ちのいい季節じゃないですか。
一年の長いカレンダーのなかでも、ほかにこんな時期がありますか?男も女もみんなおなじように心をひらいて、目下の人たちだってちがう種類の生き物だなんて考えずに、墓場へ向かう旅の仲間だと思えるんです。
ですからね、おじさん、たしかにクリスマスがぼくのポケットに金や銀のかけらをいれてくれたことはありませんが、これまでも、これからも、クリスマスはいいものだって信じてるんです。だからいわせてください。神のおめぐみを!」
「クリスマス・キャロル」
作者 チャールズ・ディケンズ
訳者 千葉茂樹
発行 小学館
23
それから学究肌のペッレには、しなければならないことがたくさんある。草の上に腹ばいになり、ありとあらゆる小さな虫の暮らしぶりを観察すること。桟橋でも腹ばいになり、小魚がささやかな一生を送る、エメラルド色のふしぎな海の中の世界を調べること。八月の暗くなりかけた夜、玄関の階段に腰かけ、きらめく星を見あげ、カシオペア座や北斗七星やオリオン座を見つけること。
そう、あの子は、すべての事象を奇跡の連続としてとらえている。そして研究者はそうでなければならないのだが、ペッレはつねに辛抱強く、日々の研究に没頭する。
そんなあの子を見ていると、ときにふと、うらやましささえ感じるくらいだ。土、草、雨音、星空を神聖なものとしてとらえる力を、人はなぜ死ぬまで持ちつづけることができないのだろう・・・・・・。
「ウミガラス島の仲間たち」
作者 アストリッド・リンドグレーン
訳者 菱木晃子
発行 小学館
24
「ぼくは、これからあたたかい南の国にわたるんだ。いっしょに行かないかい?ぼくの背中に乗ればいい。おびでからだを、しっかりしばりつけなさい。そして、いやなもぐらや真っ暗な部屋におさらばして、とんでいこう。山をいくつもこえて、あたたかい国へ行くんだ。そこは一年じゅう夏で、きれいな花がさいているよ。ねえ、いっしょに行こうよ、かわいおやゆび姫。暗い地下道でこごえかけていたぼくを救ってくれた、命の恩人さん」
「ええ、いっしょに行きますとも!」おやゆび姫はそうさけぶと、つばめの背にまたがり、つばさに足をふんばりました。
「アンデルセン童話集 おやゆび姫」
作者 ハンス・クリスチャン・アンデルセン
訳者 木村由利子
発行 小学館
25
「草原にはね、天と地の区別なんかないんだよ」
「どういう意味だね、マドゥレール?」太守はふたたびかがみこんでたずねた。
「草原は、根は地下にのびて、茎は空にむかうとは思っていないの」マドゥレールは言った。「内も外もないんだよ」
太守はなにも言わなかった。
「あそこを見て、お父さま」少年は、まわりを指さして言った。「ほら、草原の根は、大地の下の空にのびてるし、花は、宙にのびてゆく根だよ」そう言って、広げた手で、遠くから、壁に描かれた絵をおおった。
「花は宙にのびる根なんだ。動物たちは、入ってきたり出ていったりして、内にもいれば外にもいる。他にもぐったり、空から出ていったりするんだ。草原は、通りすぎてゆく動物たちを守っているんだよ。彼らを守っているの。彼らすべてを感じ取って、守っているの」
「光草 ストラリスコ」
作者 ロベルト・ピウミーニ
訳者 長野徹
発行 小学館
26
思考、感情、志の新しい世界、つまり、まだ知らないことだらけの新鮮で魅力的なさまざまな分野が、アンのやる気に満ちた目の前に開けたように見えました。
まさに、丘の上にまた丘がのぞき、アルプスの上にまたアルプスがそびえるという感じです。
これはほとんど、ステイシー先生の注意深く広い心によるたくみな指導のおかげでした。先生はみんなに自分で考えさせ、さがさせ、発見させて、それまで信じられていた道から外へふみだすことをすすめました。
「赤毛のアン」
作者 L・M・モンゴメリ
訳者 田中亜希子
発行 小学館
27
ふたりはなんと長い時間をむだにさせられたことでしょう。娘と青年は友だちにかこまれて、結婚式をあげました。
式の夜。ひさしぶりに木の下で、四つの楽器の音が流れました。音をはずしたり、つかえたりしながらの演奏でしたが、娘はしあわせで涙がとまりませんでした。
『こうして、四重奏の約束がはたせるなんて、夢にも思わなかったよ』オーボエ吹きのことばに、みんながうなずきました。
でも、女のひとりは首をふりました。『わたしは信じていたのよ』
『これほど長いあいだ、どうしてきみは信じつづけることができたんだろう』ホルン吹きが、感心ながらにたずねました。
娘は、まだいたずらっぽさが残る目で木を見あげました。
『だってわたし、ねがいの木にねがっていたんだもの』
「ねがいの木」
文 岡田淳
発行 BL出版
28
ちいさな赤いめんどりもおばあさんも、おたがいの話がおもしろくておもしろくて、聞きあきるということがなかったので、ふたりはとぎれることなくおしゃべりをつづけました。
こうして、ちいさな赤いめんどりは、ずっとおばあさんのそばにいて、生涯かわらぬ友となりました。
「赤いめんどり」
作者 アリソン・アトリー
訳者 青木由紀子
発行 福音館書店
29
ゆみちゃんは、すくすく育ちました。
りりちゃんはゆみちゃんに、絵本を読んであげたり、歌をうたってあげたりしました。
おふろに入れるのは、おとうさんのやくめ。
おふろが終わったゆみちゃんを受けとるのは、おばあちゃんのやくめ。
おかあさんのやくめは、ゆみちゃんにおちちをあげること。
みんなのとくいなことが「やくめ」なのです。
「ゆみちゃん」
作者 小手鞠るい
発行 くもん出版
30
うさぎは、ちいさな孤独やさん
からだがよわってしまったら
病気を必死でかくしてしまう
うさぎ、うさぎ
よわいからって、つよくないわけじゃない
よわいからこそつよい、ってことだってある
だれでも、心の中に、うさぎがいる
「うさぎになった日」
文 村中李衣
発行 世界文化社
31
わたしたちはみな、自分の人生の地図をかかえて生きている。肌に刻まれていて、歩いてきた道や、どう成長してきたかもその地図に記されていく。
ほら、ここを見てごらん。手首の血管はふつう青いが、父さんは黒いだろう?母さんはいつも、それはインクねと言っていたよ。父さんは生まれながらの地図職人なんだ。
「地図と星座の少女」
作者 キラン・ミルウッド・ハーグレイブ
訳者 佐藤志敦
発行 岩波書店
32
彼らの第一原則は理性を養うこと、そして、すべてにおいて理性にしたがうことだ。
われわれ人間にとっての理性とは、二人いれば二通りある、あやふやなものだが、フウイヌムにとっての理性とは、感情や利益に流されたり、まどわされたりしない、絶対的なものだ。
「ガリヴァー旅行記」
作者 ジョナサン・スウィフト
訳者 小林みき
発行 小学館
33
十歳になってしばらくたったころ、友だちが「あたし、かあさんのあとをついで美容師になるんだ」といったのを耳にして、「あとつぎ」ということを急に考えるようになったのです。コキリさんがあとをついでほしいと思っていることはうすうす感じていました。でもキキは、かあさんが魔女だからあたしも、とかんたんに考えるのはどうも気がすすまなかったのです。
(あたしは自分のすきなものになるんだ。自分で決めるんだ)キキはそう思っていました。
「魔女の宅急便」
著者 角野栄子
発行 福音館書店
34
そんな前のめりのぼくに、ばあちゃんは穏やかに言った。
「好きこそものの上手なれ」
「何それ?」
「智広は裁縫好き?」
「もちろん」
「じゃあ、大丈夫」
「えーっ。それじゃあ、どう練習すればいいかわからないよ」
「好きなことはずっとやっていても飽きないでしょう」
「そりゃあ、そうだけど」
「そうやって、コツコツ続けていれば、必ずものになる」
「『並み縫い百回、半返し縫い百回、まつり縫い百回!』みたいな具体的な練習方法はないの?ぼく、どんなスパルタだってがんばるからさ」
「真摯に続けていれば、やるべきことはわかるよ」
「ライラックのワンピース」
作者 小川雅子
発行 ポプラ社
35
みちを あるいている みんなの せなかに、おおきな ねじが ついているのです。
ユミは、こわくなってきました。「みんな どうしちゃったのかしら」
はんぶん なきごえに なっています。あつい どころか さむい くらいです。
「にんげんてさ、じぶんの 頭で なにかを ちゃんと かんがえて するから、にんげんなんだよね。だけど、まいにち まいにち おんなじ ことを くりかえして やっていると、いつのまにか かんがえなくても できる ように なっちゃうんだ。きかいと、おんなじようにね。そういう ひとたちは、ねじを つけて まいてあげないと、うごかなくなっちゃうんだ」
「ほしとそらのしたで せみの ねじまき」
作者 矢崎節夫
発行 フレーベル館
36
「いいんだよ。ねずみは、ねずみ一ぴきぶん、きつねは、きつね一ぴきぶん、はたらくのさ。だれのなんびきぶんなんかじゃないんだよ。おとうさんはくまだから、くま一ぴきぶん。ウーフなら、くまの子の一ぴきぶんさ。みんなが一ぴきぶん、しっかりはたらけばいいんだ。や、にじがむこうの上までかかったよ。」おとうさんは、空を見あげました。
「林からでて、山の上まで、まるでたいこばしみたいだ。」と、ウーフがいいました。
「ほんとに、ひさしぶりのにじね。」ぼうしをもってきたおかあさんも、まどからにじを見あげました。
まっさらなお空にかかったにじの色は、いままでに見たどのにじよりも、くっきりとうつくしく見えました。
にじも、にじ一本ぶん、いっしょうけんめいかかっているように見えました。
「くまの子ウーフ」
作者 神沢利子
発行 ポプラ社
37
「今でも稚羽矢が恐ろしいかね」
「いいえ」
狭也がむきになって言うと、岩姫は首を横にふった。
「いやいや、それはうそじゃ。彼は大蛇じゃもの、恐れないのは偽りだし、大きな誤ちじゃ。だがしかし、すべてを恐れうとんじるのは正しくない。彼は悪ではないからじゃ。誠実に接することができれば、きっと誠実に返すじゃろう。彼が大蛇でありながら、なお大蛇をこえる者になるためには、そなたは恐れ、なお恐れを克服せねばならないのじゃ」
「空色勾玉」
著者 荻原規子
発行 徳間書店
38
「ツンタくん、なやむことはない。人生は、にょろにょろじゃからの」と、ヌールがまた、くねくねしてみせたので、トトンがききました。
「なんだい、その人生にょろにょろって?」
「心も体も、長くやわらかくってことじゃ。にょろにょろしていれば、つらいことは、いずれ、きえるもんじゃよ」
「はりねずみのノート屋さん」
作者 ななもりさちこ
発行 福音館書店
39
「限られた幸が、片寄りすぎているということなのだろう。だれかが栄華をきわめれば、その陰にたくさんの嘆きが生まれるものだ。その嘆きを忘れた結果だろう。いや、忘れてはならぬといういましめのために、怨霊は現れるのかもしれない。秋になれば木にはたくさんの実がなるが、みなで取りあうとなれば多い数ではない。それをすべて己が腹へおさめ、吐き出す種すらも自分の領地の内というのでは、恨みも買おうというものさ。烏ですら、まだ熟れぬ実くらいは残すだろうに、人は一度にぎったものをなかなか手放せぬものらしい」
「えんの松原」
著者 伊藤遊
発行 福音館書店
40
書物には多くの教えが書かれていましたが、人は、書物が教えてくれないことを教えてくれました。
人は、生きた書物でした。
「ホン・ギルトン」
文 キム・ナムジュン
訳者 神谷丹路
発行 小学館
41
「今まで、『指がない』って言われると、違うのになっていつも思ってた。わたしには、親指も人差し指も、小指も、短いけど中指もあるのに、なんでみんな『ない方』にばかり目を向けるんだろうって。なのに、いつの間にか自分が気にしちゃってたんだね」
「君色パレット 多様性をみつめるショートストーリー いつも側にいるあの人 『姫のゆびさき』」
著者 高田由紀子
発行 岩崎書店
42
思えば、この二年間は小休止のようなものだった。また旅に出なければならなくなったから。
でも、ぼくにはありがたい小休止となった。この期間で体力がついた。腕や脚もたくましくなったけど、それ以上に貴重なことがある。心の中に親愛の情が芽ばえたことだ。
ぼくはもうこの世でひとりぼっちではない。
生きていくうえで、ひとつ目標ができた。ぼくがたいせつに思う人、ぼくをたいせつに思ってくれる人、そんな人たちの役に立ち、喜ばれる存在になろう。
「家なき子」
作者 エクトール・マロ
訳者 大林薫
発行 小学館
43
「なんだか淋しい気がする。こうして、友と離ればなれになりー残るのは苦い思い出だけだ」
「貴公はまだ若い。年をとれば、歳月がその苦い思い出を優しい思い出に変えてくれる」
「三銃士」
著者 アレクサンドル・デュマ・ペール
訳者 高野優
発行 小学館
44
「いいか、こうしろ、おまえは地主のだんなの図面どおりに、大杯をつくれ。もしそれとちがうものを思いついたなら、おまえ用につくればいい。止めやしない。石はたっぷりあるだろう。必要な石があるならやるよ」
すると、ダニーロは考えに考えた。
(「他人のつくったものを批判するのにはちょっとの知恵で足りるが、自分で何かを思いつくには幾夜も寝返りを打って考えなければならないものだ」って、よく言われているじゃないか)
ダニーロは図面どおりの大杯をつくりながらも、別の大杯のことを考えていた。どんな花、どんな葉っぱの模様が孔雀石にぴったりなのか、いろいろな思いが頭の中をよぎる。
「石の花」
著者 パーヴェル・バジョーフ
訳者 南平かおり
発行 小学館
45
馬はあまりの重さに歯をくいしばりながら、「ああ、少しばかりの荷物を助けてやらなかったばかりに、こんな荷をかつぐことになるとは」と、うなだれて歩きつづけました。
「イソップ物語 馬とろば」
作者 イソップ
訳者 渡辺和雄
文 市川宣子
発行 小学館
46
「ああ!ぼくが呼吸しないでいられたら、先生にもっと空気をさしあげられるのに!」
そんなふうに言われると、涙がこみ上げてきた。
船内の状況はだれにとっても耐えがたいものだったが、作業の順番が来ると、みな嬉々として大急ぎで潜水服を着た。新鮮な空気が肺に届くのだ!息ができるのだ!
しかし、海中での作業を決められた時間より延ばす者はいなかった。自分の仕事を終えると、交替する仲間にタンクを渡してやる。あえいでいた仲間はそれで息を吹きかえす。
「海底二万里」
著者 ジュール・ヴェルヌ
訳者 荷見明子
発行 小学館
47
「ここはどこかね?」と、太宗がたずねると、崔判官が答えるには、
「ここは十八層地獄です。罪深いおこないをしたもの、不忠や不孝のもの、甘いことばで人を誘ったもの、嘘の商売で人を騙したもの、暴力をふるって人をいじめたもの、金銭めあてで人を殺したものなどが、ここに送られて、無惨な刑罰を受けるのです」
「西遊記」
作者 呉承恩
訳者 武田雅哉
発行 小学館
48
ハリネズミは家に帰ると、ぬれた体をふきもせず、いすにすわりました。
「だから今日は、外になんか出ない方がよかったんだ」ハリネズミがつぶやきました。
外から、「ハリネズミ、ハリネズミ!」とうさぎの声がきこえてきます。
ハリネズミは、うつむいて、「なーにー」と、こたえました。
「ちょっと、外にでてみなよー」と、うさぎによばれ、ハリネズミは、ふーっと大きなためいきをつきました。
そして、めんどうくさそうに立ち上がると、ドアをバンッと、あけました。
すると、「ほら、見て」といって、うさぎが手をひろげています。
そこには、たくさんの花が、元気にさいていました。
「きみのおかげだよ。さいきん、雨がふっていなかったから、みんなしおれていたんだ。」
うさぎがいいました。
「ぼくの、おかげ?」ハリネズミの顔が、ふわっと明るくなりました。
「うさぎとハリネズミ きょうもいいひ」
文 はらまさかず
発行 ひだまり舎
49
「いいか、個性もだいじだが、社会っていうのは、そればっかりじゃだめなんだ。みんなで生きていくための、協調性っていうのもだな、必要なんだ」
「たしかにそうだと思います。でも、先生が言うような、個性の時代って、ほんとはまだ、きてない気がします。だからいじめも、あるんじゃないですか」
「うまのこと」
著者 少年アヤ
発行 光村図書出版
50
ねえ、ことら、ツリーをたおしちゃったってかまわないよ。
出しっぱなしにしてたイヤホンのコードをかじってもおこらないよ。
宿題のプリントをやぶっちゃっても、カーテンで爪とぎしたっていいよ。
毛糸ボール、またつくってあげるから。ブラシも毎日、ぼくがかけてあげるから。お母さんにいわれなくたって、ごはんあげるから。だから、だから元気になってよ。ずっとそばにいてよ。
「ぼくんちのねこのはなし」
作者 いとうみく
発行 くもん出版
51
この人は世間体だけを気にして生きている人だわ。真実を知りながら、世の中の都合でそれを否定してしまう人。自分の魂を清らかにしておく大切さがわかっていない人。
「シェイクスピア物語 ロミオとジュリエット」
原作 ウィリアム・シェイクスピア
文 河合祥一郎
発行 小学館
52
「いや、メアリ。父さんはただ、気をつけろと言っているだけだ。人は変わる。だれもが約束を守るとはかぎらない。おれたちのような人間がいつも公平にあつかわれるとはかぎらないんだ。たくさんを望みすぎちゃだめだぞ、いい子だから。おまえが悲しい思いをするのを見たくないんだよ。だれかを頼って幸せになろうとするのは、どんなときもよくない。自分でさがさなきゃならない。わかるかな?おれが幸せと言うと、おまえはいやな顔をする。確かに、おまえの考えが正しいかもしれない。おれたちのような者には幸せなんか来ない。だが満足を見つけだすことはできるんじゃないか?宝さがしをしているときのおまえは、ほんとうに満ち足りた顔をしている。そうだろう?」
「ライトニング・メアリ 竜を発掘した少女」
作者 アンシア・シモンズ
役者 布施由紀子
発行 岩波書店
53
ぼくとお母さんは、毎朝手をふり合っている。あいかわらずだ。
だって、顔を洗ったり朝ごはんを食べるのと同じように、お母さんはあたり前にベランダに出てくるんだから、それを無視することなんてやっぱりできない。
「うん」
香帆にうそはつきたくないから、正直にこたえた。
「よかったぁ」香帆は安心したように言った。
「みんなにからかわれて、塚原くんすごくはずかしそうにしてたでしょ。それが原因でやめたりしたら、悲しいなって思ってたんだ」
ぼくの胸は、あまい花の香りをすいこんだみたいにいっぱいになる。
「ベランダに手をふって」
作者 葉山エミ
発行 講談社
54
アリスなら、大人になってからもずっと、子どものころのむじゃきで愛らしい心を持ちつづけるでしょう。
「不思議の国のアリス」
著者 ルイス・キャロル
訳者 田中亜希子
発行 小学館
55
「あのさぁ、行人はもっとわがままになったらいいよ。ワルにはなれなさそうだから、せめてジコチューっていうか、どうせなら空気読まないくらいに。」
「え、どういうこと?あっ、けなしてる?」
「ちがぁう!もうちょい自分のために生きればって話です。」
「みつきの雪」
作者 眞島めいり
発行 講談社
56
クリスタルは、どんな人間になってもいいから、また生きたいといい、ぼくはそんなのはいやだといった。実際かなり気のめいる話だった。
それでもとにかく、とことん話し合った結果、恐ろしい結論が出た。きっと人は、さまざまな人間として生まれる。そうであれば、どんな人に対してもやさしくしなくちゃならない。でないと、自分がそういう人間として生まれたときに、つらく当たったりして悪かったと後悔するからだ。
「ぼくの帰る場所」
作者 S・E・デュラント
訳者 杉田七重
発行 鈴木出版
57
「感覚のすりあわせ、ですか?」
いったい、どういうことだろう?
「ほら、ひと言で『近く』といっても、どれくらいをそういうかは人それぞれでしょう?何気なく使っている言葉をひとつひとつ確認していくと、相手との感覚のちがいに気づくんじゃないかしら?」
「なるほど」
「ただし、あせりは禁物よ。いちばん大事なのは、時間。こういうものは、とにかく時間をかけて距離をちぢめていくしかないんだから」
「星くずクライミング」
作者 樫崎茜
発行 くもん出版
58
「オレの居場所はここだ」ベリックは思った。
「ここに留まるにしろ、またどこかに行くにしろ、居場所はいつもここだ。この場所は裏切ることはない」
「ケルトとローマの息子」
著者 ローズマリー・サトクリフ
訳者 灰島かり
発行 ほるぷ出版
59
アーヤは今回、このダンスを、過去をたたえるためにおどった。過去のことをなげき悲しむのではなく、自分をここまでつれてきてくれたものたちを舞台の上で生き生きとよみがえらせたのだ。
「シリアからきたバレリーナ」
作者 キャサリン・ブルートン
訳者 尾﨑愛子
発行 偕成社
60
「今まで、わたしはずっと同じような日々を生きるんだと思ってた」
「同じって?」
「昨日と同じ今日、今日と同じ明日、いつか結婚して店を継いで、ずっと見知ったこの街で暮らすってね。両親もそれを望んでいると自分に言いきかせてた。でも今はちがう。なんでも知ってると思っていたこの街だって、こんなに大きな秘密を隠していたんだ。世界は広い。知らないことがたくさんある。わたしはそれを知りたい」
「カトリと眠れる石の街」
著者 東曜太郎
発行 講談社
61
うまくいえないけれど、なにかを見たりきいたりすることは、なにかを食べることとおなじようなものだと思う。よく噛んで、飲みこんで、自分の体の中に入れるっていう意味では、見聞きすることも体験することも、ものを食べることとおなじなんだ。
ぼくは友だちの言葉をちゃんときいて、みんなのことをちゃんと見るようになった。だれかといっしょになにかをやった。だから変われた。食わず嫌いをやめたおかげで、体 ー この場合は、心 ー の仕組みが変わっていったんだ。
食べたものが、人を作り変えたってわけ。
ぼくはなんだかんだ生きやすくなった。
好き嫌いはなるべく少ないほうがいい。どこに行ってもなんでも食べられるようになる。
それに気づけたのは、やっぱりかすみのおかげだったのだと思う。
「かすみ川の人魚」
作者 長谷川まりる
発行 講談社
62
古老はたくさんのことを教えてくれました。さまざまな秘密をときあかしてくれたのです。けれどもそうした教えの中で、いちばん大切なのが、ひとりでいなくてはならないということでした。身を守り、生きることを理解し、知恵を身につけたいと思うなら、ひとりでいなくてはならないのです!
「バンビ 〜森のいのちの物語〜」
作者 フェーリクス・ザルテン
訳者 若松宣子
発行 小学館
63
「おれは将来、ここをかけこみ寺のようにしたいんだ。拓斗君のように踏みにじられた子どもたちの魂が、少しでも回復するのを手助けしたい。目が見えなくなったことで、拓斗君の心の中でうらみつらみ、憎しみといった感情がうず巻いていたとしても、だれも責めることはできない。でも、そこに踏みとどまったままなら、なにも生まれない。
瞬平太は、目が見えないことをどう思う?」
「つらい、悲しい、おっかない、いやだ・・・・・・」
「そうだよな。でも見方を変えれば、すごいことだと思う。見えないからできない、じゃない。見えないけどあれもできる、これもやれるとひとつずつ足していくとどうだろう」
「みどパン協走曲」
作者 黒田六彦
発行 BL出版
64
「そなたは、知識を追いもとめておられる」王さまは、ふいにいいだしました。
「いずれ、ここが豊かな知識の宝庫だとわかるであろうーだが、知識が悲しみをもたらさぬように、気をつけるがよい」
「ひとにぎりの黄金〜エイキン自選傑作集〜 お城のひとたち」
著者 ジョーン・エイキン
訳者 こだまともこ
発行 小学館
65
「あんな、ほめられたら、ありがとうっていうたらええの」
「うん・・・・・・」
「うちはうちで、あんたはあんたや。そっくり同じやったら、おもろうないやろ?」
「あの日のあなた」
作者 中川なをみ
発行 くもん出版
66
もう、どの問いかけにもじいちゃんは答えてくれない。
その答えを出すことは翔太にとってこれから先の宿題になるのかもしれない。
翔太はこの発見をかあさんに伝えるべきかどうか迷った。
(いいや。これはおれのための宿題なんだ。かあさんには黙っていよう)
「夕焼け色のわすれもの」
作者 たかのけんいち
発行 講談社
67
「あなたは自分のことが好きですか?」そのことをとても知りたがっているようでした。
メアリは一瞬ためらってから、考えてみました。
「ぜんぜんーほんとうに。でも、今まで、そんなこと、考えたこともなかった」
マーサがなつかしそうな顔で、にこっとしました。
「まえに、母さんから同じことをいわれたんですよ。母さんが洗濯をしていたときのことです。あたしは、そんとき、機嫌が悪くてね、ひとの悪口をいってたんです。そしたら、母さんが振りかえってあたしを見ると、こういったんです。『がみがみうるさい子だね!そうやって、この人が嫌いだ、あの人が嫌いだっていいつづけて。で、自分のことは好きなのかい?』それをきいて、あたしは思わず笑いだして、すぐにはっとしたんです」
「秘密の花園」
著者 フランシス・ホジソン・バーネット
訳者 斎藤倫子
発行 小学館
68
「おじいさん、なにかご用かしら?」
頭をさげて、おじいさんがこたえます。
「きいておくれ、魚の国の女王さま!ばあさんはしまつにおえない。女帝なんかではいや、海をひとりじめしたい、大きな大きな海でくらしたい、おまえさんをけらいにしたい、おまえさんに言うことをきかせたいって」
魚はなにも言わず、しっぽで水をぴちゃんとたたき、深い海へ消えました。おいじさんは長いあいだ返事を待っていましたが、とうとう待ちくたびれて、うちへ帰っていきました。
するとまあ、目のまえにはもとの土の穴ぐら。入り口にすわっているおばあさん。おばあさんのまえには、こわれたたらいがただ一つありました。
「プーシキン作品集 おじいさんと小さな金の魚」
著者 アレクサンドル・プーシキン
訳者 坂庭淳史
発行 小学館
69
先を見通せない人、うっかり者、落ちつきのない人、気分屋などといったおろかな人間は、願いごとをするには向きません。天からどんなにすばらしい贈り物をさずけてもらっても、それをうまく使いこなすことができないのですから。
「ペロー童話集 おろかな願いごと」
著者 シャルル・ペロー
訳者 伏見操
発行 小学館
70
帰り道、気がつくと四メートルほど離れたところにアイツがいた。
「ぼくが今朝言ったフツウというのは、常識では、ということです」
その距離をニメートルほど縮めて話しかけてきた。
(まだ言ってんのかよ。いい加減にしろよ)
これ以上かかわりあいたくなかったので聞こえないふりをした。
「アインシュタインは言いました。常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言うと。つまり、ぼくたちは間違った常識を身につけている場合もあるんです」
「ニメートル」
作者 横山佳
発行 BL出版
71
「で、いったいどこへいくつもりなんだ?勝手に塔をはなれたりしたら、きつーいお仕置きが待ってるぜ」
「鳥の王の城へいくのよ。シオンを助けるの。あなた、城がどこか知らない?」
「さあってね。オレさまにきいてもしかたないだろう。道はあんたのなかにあるのさ」
「ニコルの塔」
作者 小森香折
発行 BL出版
72
かかしは、心をときめかせてさけびました。
「なにしてるの?」
変わった子は、答えました。
「見てのとおり・・・・・・踊ってるの」
「きみは、だれ?」
「ぼくは踊り子」
かかしは、くり返しました。
「おどりこ、か・・・・・・」
その言葉は、わらの口のなかで、
すてきな音楽のようにひびきました。
「いいなあ!踊れるなんて!」
かかしは、ため息まじりに声を上げました。
すると、踊り子は言いました。
「だいじょぶ、ぼくが教えてあげるよ」
こうして踊り子は、かかしのために一日じゅう
踊って、踊って、踊りつづけました。
その夜、仕事を終えたかかしは、
踊り子といっしょに踊りました。
月明かりの下で踊るふたりの姿は、
とびきり輝いていました。
「灰色の服のおじさん かかしと踊り子」
作者 フェルナンド・アロンソ
訳者 轟志津香
発行 小学館
73
「逃げたっていいと思う。人生には、そうしないといけない時もある。だから、そんな自分を責めたらダメよ。いつだって、自分は自分のことを愛してあげないと。それで、できたら自分の全部を好きって言ってくれる人と出会えるといいわ」
「学校に行かない僕の学校」
作者 尾崎英子
発行 ポプラ社
74
堂々と歩こう。
私は深呼吸し、背筋を伸ばした。
制服のブラウスが引っ張られて、大きな胸が、ぱんと上を向く。
周りの人がこっちを見る気がする。でも気にしない。
堂々と歩こう。
自分の身体を愛したとしても、嫌ったとしても、
それは自分が決めることなのだから。
「あるいは誰かのユーウツ」
著者 天川栄人
発行 講談社
75
いっしょにいなくたって、切れない透明な糸は私からのびている。だれかと知り合って、たとえ離ればなれになっても、透明な糸がちゃんと残る。
どんなときも、ひとりじゃない。絶対に。
「透きとおった糸をのばして」
著者 草野たき
発行 講談社
76
あの作家はペンの不思議を語ったけれど、本当の不思議は別のところにあったのではないか。それは運命のような不思議なもの。あの作家が書くことをあきらめてしまい、あたしのようなどこにでもいるふつうの人間が一生書き続けた。有名になったかどうかは別として。あんたは写真が好きなんだろう。いつもカメラを構えている。まわりはいろいろうるさいかもしれないが、気にせず、続ければいい。あたしはだれにも何も言わないで書いてきた。書いている時間はひとりだった。何か好きなことを続けるには孤独がつきまとうもの。だけどその孤独は不幸せな孤独じゃない。あたしは書き続けられて幸せだった。
「赤いペン」
作者 澤井美穂
発行 フレーベル館
77
てんこちゃんは 一生けんめいかきつづけましたが みんなは どんどん かきおえていきます。
まだ かいているのは てんこちゃんと てんいちくんだけでした。
どうしよう わたし かきおわるかな?
てんこちゃんは ふあんになると 頭のなかに 「どうしようオバケ」があらわれます。
どうしよう どうしよう
もう、どうしようしか 考えられなくなって
手が止まりました。
そのとき 「アセらなくて いいデスよ」
「えっ」
「先生が自由に楽しく かきましょうって いってたじゃないデスか。 自分のペースで かいたらいいんデスよ」
「うん そうだよね」
てんこちゃんはまた かきはじめ ました。
こんどは 楽しく かきました。
「きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん」
著者 ほそかわてんてん
発行 福音館書店
78
「あんまり考えすぎないようにね。
まずは生きることよ、ちょっとずつ」
「ずっといつまでも」
著者 バルト・ムイヤールト
訳者 野坂悦子
発行 小学館
79
雨の勢いが強くなって、びしょ濡れになりかけていたけれど、そんなのはどうでもよかった。体の内側は暖かかった。うしろに向きなおって、堤防を走りながら考えていた。
"内側"と"外側"という考え方、なんて不思議なんだろう。それは他の人と一緒にいるかどうかとか、"一人っ子"か大家族の一員かとか、そんなこととは関係がないープリシラやアンドルーだって、ときどき"外側"にいるような気がすることがあるらしい。それもいまはわかっているーだから、問題は自分の心の中でどう感じているか、なのだ。
「思い出のマーニー」
著者 ジョーン・G・ロビンソン
訳者 高見浩
発行 新潮社
80
「心に神を持たない人間は、思いもよらぬ時に、それを神さまにつきつけられるものなのよ」
「日向が丘の少女」
作者 ビョルンスチェルネ・ビョルンソン
役者 木村由利子
発行 小学館
81
「わたしたちはみんな、重荷を背負って、進むべき道の上に立っている。よい人でありたい、幸せになりたいという気持ちがあれば、困難や過ちを克服して平和へと到達できる。それこそが、天の都なの。」
「若草物語」
作者 ルイーザ・メイ・オルコット
訳者 代田亜香子
発行 小学館
82
あんなに毎日一生懸命見ていたときは伸びなくて、丁寧に世話してやってない時期になって、急に大きくなったということだ。
花びらをそっとつまんでみた。薄く、やわらかく、しっとりとしている。
そのまま、引っ張る。花びらがちぎれてしまうだろうか。試すようにさらに強く引っ張った。
でもペチュニアは、花びらに引っ張られて茎がしなっただけだった。
指を離すと、元通りに花は凛と、空に向かった。
こいつ、ひ弱じゃないんだ。といって、絶対不屈の強者でもない。咲くときになれば自然に咲くんだ。
なにか急に、体が軽くなった気がした。おれも立ち上がり、両腕を空に向かって伸ばす。日差しのやわらいだ青空が、広がっていた。
「園芸少年」
著者 魚住直子
発行 講談社
83
あや、おまえの あしもとに
さいている 赤い花、
それは おまえが
きのう さかせた 花だ。
きのう、いもうとの そよが、
「おらサも みんなのように
祭りの 赤い べべ かってけれ」
って、あしを ドデバダして
ないて おっかあを こまらせたとき、
おまえは いったべ、
「おっかあ、おらは いらねえから、
そよサ かってやれ」
そう いったとき、その花が さいた。
「花さき山」
文 斎藤隆介
発行 岩崎書店
84
「風って、息をするんですか」とマサちゃんはいいました。
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って・・・・・・。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息・・・・・・ただ息だよ」
「天狗笑いー豊島与志雄童話集ー 風ばか」
著者 豊島与志雄
発行 晶文社
85
ああ、しあわせは
心の中にあるんだね。
「いたずらこびとプームックル」
作者 エリス・カウト
訳者 若松宣子
発行 小学館
86
雲がむくむくわいてきて空をおおうのを見ると、
なにもかもが、ふとしたきっかけで
かわってしまうのだと
男の子は知りました。
「ティーカップ」
文 レベッカ・ヤング
訳者 さくまゆみこ
発行 化学同人
87
子猫が子猫っぽい顔つきをする
優しく無邪気に
楽し気でいじわるそうな
甘さが花開く
ビロードのような顔
愛らしいかぎ爪の手足
いとしい心
そして魅力的な気まぐれ
賢い人なら矛盾を楽しむことができるかもしれない
花のような雰囲気と
だれも曲げることが出来ない意志力との
「夜と猫」
著者 エリザベス・コーツワース
訳者 矢内みどり
発行 求龍堂
88
「あら、なんだかわたし、はずかしくなってしまったわ。ねがいごとを言うって、あんがいゆうきのいることね」
かにたちが、プクプクわらいました。
「ゆうきって、だれにでもあるものですよ」
「そして出せば出すほど、強くなっていくものです」
「それに、ねがいごとを言うのは、はずかしいことではないですよ」
「たびいえさん」
作者 北川チハル
発行 くもん出版
89
「いろんな経験していくうちにやりたいことは見つかるさ。せっかく生まれてきたんだから、いろんなことやったらいいじゃないか」
ばあさんはお茶をすすって続ける。
「間口は広く取ることにこしたことはないのさ。いろんなことに興味もって、いろんなことに手を出してみりゃおもしろいことにもあたるし、逆に痛い目見ることもある。
失敗したっていいんだ。それですべてを失ったとしても、まだ残ってるもんはある」
ばあさんはオレたちを見わたした。
「なんですか、残るものって」
「未来と、経験してきたことさ。そうだろう?」
「いっしょにアんべ!」
作者 髙森美由紀
発行 フレーベル館
90
「女性は子を産み、育てる術を神から授けられています。男性には出来ないことを神は女性に託してくださいました。けれど、女性はそれ以外のことをしてはいけないのかしら?私とローセイの間には子どもはいません。女性として、間違った選択だったかしら?そうではないでしょう。女性という性だけに囚われることなく、ひとりの人間として歩むことだって出来るはずです。伴侶を持つことは大事でも、結婚が足枷になってはいけないのです」
「空を駆ける」
著者 梶よう子
発行 集英社
91
「あなたがわらえば、世界がわらう」
ジェームズは、お母さんのその歌が大すきです。いつも元気が出ます。たとえすこしのあいだだけでも。
「バ、バーティー、わかったぞ!」
大声で言うと、ジェームズははしごをのぼりました。
「わらいたいんだ。スノーマンもわらいたいんだよ。あなたがわらえば、世界がわらう」
わらった顔なら、かんたんさ。ジェームズは思いました。そうして、スノーマンの顔に、指で口をかきました。大きくわらっているように。うれしそうなえがおになるように。
「スノーマン ークリスマスのお話ー」
作者 マイケル・モーパーゴ
原作 レイモンド・ブリッグス
訳者 佐藤見果夢
発行 評論社
92
人類はそれまで、強く精力的で、知的でありつづけ、自分たちが暮らしていく環境を改良するために、ありあまる活力を使ってきた。そして、今度はその反動を受けることになったのだ。
「タイムマシン」
著者 H・G・ウェルズ
訳者 原田勝
発行 小学館
93
わたしたちの会話は、少しまどろっこしい。
わたしは普通話を話し、おじいちゃんとおばあちゃんは上海話を話す。
普通話というのは、日本語でいうと、標準語にあたる。いま広く中国全土で使われており、若者はほとんど普通話を話す。でも、おじいちゃんとおばあちゃんのように、方言のほうが自分の気持ちをしっかり表現できるという人もいる。
普通話の発音と上海話の発音は、ぜんぜん違う。わたしは上海話を聞くことはできるけど、ほとんど話せない。
だから、自然と、上海話と普通話が入り混じった会話になる。
言葉は違う。
でも、気持ちは通じるんだ。
「境界のポラリス」
著者 中島空
発行 講談社
94
もしかしたら、あれはゆめだったのかな。
ゆめで見たことを、ほんとうのようにおもいこんでいたのかな。
小さいときのことだから、いまでは、どっちだかわからなくなった。
でも、
と、なつ子はおもいます。
どこかに、やっぱり人のしらないせかいがあって、
そのせかいは、
見ようとしない人には、けっして見えないけれど、あるとおもっている人には、いつかきっと、見えることがある、と。
「ポケットの中の赤ちゃん」
著者 宇野和子
発行 復刊ドットコム
95
かいぶつだって
かなしいきもちに なることがある。
そんなときは
ないても
いいんだよ!
「おおきいかいぶつはなかないぞ!」
文章 カッレ・ギュットレル
文章 ラーケル・ヘルムスダル
絵・文 アウスロイグ・ヨウンスドッティル
訳者 朱位昌併
発行 ゆぎ書房
96
だれに教わるわけでもなく、セミは自力で、成虫に変身していく。
そのようすを見まもるうちに、ぼくは、不思議な感覚にとらわれた。
いままでは、考えたこともなかったが、毎年、何百何千というセミが、こんなふうに、家の近くで脱皮していたにちがいない。
そのセミが、次つぎに飛び立っていくようすを思いうかべると、勇気があり、なにも人間だけがえらいわけではないような気がしてくる。
「シャンシャン、夏だより」
作者 浅野竜
発行 講談社
97
死ぬ間際に、王はメン第一補佐官に命じました。
「私の月は私といっしょに墓に埋めてほしい」
メンは約束しました。「かしこまりました」
でもそうはなりませんでした。そうでしょう?だって月はまだ空にいますよね?
月はみんなのものです。空気や太陽や海や道のように。月が自分のものだと思っているクム王のような人は、まだたくさんいます。
「緑の髪のパオリーノ 月の主人」
著者 ジャンニ・ロダーリ
訳者 内田洋子
発行 講談社
98
「理系か文系かなんてことを考えるより、自分が何をしている時が一番楽しいか、どんなことに興味があるかを、考えるほうがいいんじゃない?」
「いつか、あの博物館で。ーアンドロイドと不気味の谷ー」
著者 朝比奈あすか
発行 東京書籍
99
アライグマは、やさしい心が愛するもののシンボルだ。もし、国のおろかな議員たちが悪い仕事をすれば、うろの木もアライグマもほろぼされる。それはつまり、わたしたちの大地に残された最後の聖地が、金と金の信者によって完全にうばわれるということだ。
「シートン動物記」
作・絵 アーネスト・トンプソン・シートン
訳者 中村久里子
発行 小学館
100
「ひとりが、ひとりにしんせつをすると、その人がまた、だれかにしんせつをおくるよ。どうぶつだってそうだよ。そうしてしんせつや愛は、地球上にひろがって、いっぱいになる。それが、いちばん、すてきなことさ。」
「ああ、ぼくも、そう思うな。」
「ぼくは、きみのしんせつを、だれかにおくるよ。」
ライオンは、そういって、リンタにわらいかけました。
「金色のライオン」
著者 香山彬子
発行 復刊ドットコム
あとがき
何気なく手に取り読み始めた児童文学書。そこには、読んだことがあるのに、今まで感じたことのない感覚がありました。
ただ作品を読んだことがあるというだけではなく、そこに描かれている意味に、心から共鳴できるようになったのだと思います。
世界に数多ある児童文学の中から出逢った物語たち。
作品自体を楽しみつつ、心に響いた言葉を書き留めていくうちに、たくさんの素敵な言葉が集まっていました。
名言集のように見やすくすることを意識して作成したため、選択するのを断念した作品や言葉も多数あります。
「この作品はとても良い話だけれど、全体を読むからこそ意味が伝わるな」「この言葉もいいけれど、こちらの言葉がより心に響くな」「この作者の他の作品も素敵なのだけれど、ひと作者一作品にしようかな」などと、悩み楽しみながらまとめて参りました。
児童文学書は、大人になると視界に入らなくなるかもしれません。
けれど、児童文学書の適正年齢という固定観念にとらわれず、ふとした時に読み返したり新たに読んでみることで、忘れかけていた大切な気づきを得られるものです。それも、優しく、穏やかに、愛に包まれているように語りかけてくれます。
私も児童文学書を読み返し始めたことで、固定観念による指針で物事を判断せず、柔軟に学びを続けることの大切さを実感いたしました。
学習は学生時代に行いましたが、学修は、この世を去るまでできる。人生の修行に終わりはないなと思う次第でございます。
このメッセージ集によって、あなたの心が軽くなったり、悩みが晴れたり、インスピレーションを得たり、勇気が煥発されたりと、何かのきっかけとなれていましたら幸いです。
また、今までご覧になったことがある作品でもそうではないものでも、これを機会に実際にお手に取っていただけましたら、この上ない喜びでございます。
あなたの旅路に、益々の幸が訪れますように。