「やれと言われたからやったのに...」

「これだけやってあげたのに...」

 

誰かや何かのために行動を起こした後、結果に対して生じる喪失や怒りの言葉。

 

一見よくありがちな言葉だが、この言葉の背景には己の執着が隠れている。

 

頼まれたことをやったとしても、相手の気が急に変わることもあるだろう。

 

やれと言われたからやったのに、お礼すらしない人もいるかもしれない。

 

こちらの善意で行ったことが必要のないこともあるだろうし、恩を仇で返すという言葉のように、万人が善意を善意で返すとも限らないのである。

 

 

他者や何かに対して怒りや悲しみが生じるのは、行為に対する結果に執着しているため。

この執着を手放すことこそが、心を平穏にし、他者との境界線を明確にし、自分にとっての心地よい環境を自然に生み出すことに繋がっている。

 

ただし、感情を抑え込んだり、偽る必要はない。

 

感情は素直に感じて尊重しつつ、自分が心から行ったことが自分の意思に反した結果になったとしても、あなたの価値は普遍なのだということを思い出すことだ。

 

否定的な感情感覚を抱いてしまうのは、結果に対して自尊心が傷ついたことにより、無意識に自己防衛の反応をしてしまっているだけなのだから。

 

 

自分がすべきことを、日々無心に精一杯行い、どのような結果に対しても楽な心持ちでいればいい。

 

すべては、広大な宇宙の流れの中での仮初。

相手もあなたもみんな、やがては消えゆく一時的なエネルギーなのである。

 

有限なる時を生きているからこそ、無駄な思考を止めて、いつでも心地よさに意識を向けていたいもの。

 

相手や何かの発する波動域にあなたが影響される必要はなく、相手を変える必要もなければ、何かを強制する必要もない。

 

ただ、あなたにとっての心地よさに波長を合わせ、自分を尊重し、他者や何かの反応に執着しなければいいのだ。

 

 

あなたはいつでも、どこにいても、広大な宇宙という神聖な時間軸の中にいる。

 

崇高な流れの中で、今、生かされている価値ある存在なのだから🍀

 

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