千日の稽古を持って鍛となし
万日の稽古を持って錬となす
鍛錬という言葉を知ったのは、23歳の時だった。
当時の師匠が教えてくださったもので、今でも座右の銘となっている。
千日は、約2年7ヶ月。
万日は、約27年。
物事を探究し、深め、磨き上げていく大切さが伺える。
日々進化向上、変化変革をしながら昨日の自分よりもより良い自分になっていく過程は、神聖さそのもの。
しっかりと土台を築き軸が強固となるからこそ、唯一無二の技術や才能、個性となっていくのだ。
この世的には、短期間で結果を出すことが賞賛されることがあるかもしれない。
それはそれで楽しんでもいいのだが、腰を据えて何かを自分のものにしていく意志と心構えは、比べようもないくらい美しい。
もしかすると、人生という旅の途中で、長年続けていたことを辞めて別の世界に移ることもあるかもしれない。
そのような時でも、あなたが意識さえすれば鍛錬は続いていく。
今まで取り組んでいたことから何か一つでもものにできたのなら、あなたという魅力の中に取り込まれていくからだ。
すべての過程が、意味をなして繋がっている。
鍛錬は、周りとの競争でもなければ優劣でもないから、焦らずあなたが興味関心のある対象を探究し、深めればいい。
あなたという神が創造した価値ある存在を、じっくり磨き上げていけばいいのだ。
惰性で生きずに鍛錬し続けていれば、道が自然と拓いていく。
それは、鍛錬を実践し続けているからこそ伝えられること。
ふと振り返った時、当時は想像もしなかった現実を生きている自分に気づけるようになる。
鍛錬の奥深さは、不可思議なのだから🍀