人間は、常に進化向上するものだ。

エゴによる動性的な選択を手放し、魂の声を聴きながら物事を選んでいると、意識が成熟し、心身が浄化され、魂が進化し、精神性が深化していくのが分かる。

 

一日ずつ一歩ずつ、過去世と今世積んだ穢れを取り除いていくことにより、10年も経てば全く別人になっていることだろう。

 

私は、万物の幸福を喜び、万物の安寧を願えるようになってから、本当に心が平静になれている。

何を見聞きしても、活性化される潜在印象が殆どなくなってきたのだ。

 

けれど時々、感情が波打つ時がある。

 

そのような場合でも、内なる感情を素直に受け止め、愛している。

 

自分自身に寄り添い、内なる神を尊んでいる。

 

感情を偽ることなく純粋に感じ切り、固執することなく手放しているのだ。

その感覚さえも、自分を創造し生かしている存在に捧げ切っている。

 

すると、乱れた感情は落ち着き、幸せに包まれていく。

心が、光明に包まれていく。

 

 

起こる出来事がどのようなものであれ、良いことであれそうではないと思うことであれ、最後には執着することなく平静になれているのは、この世がすべて、宇宙の流れの中で生じた一時的な現象に過ぎないと知っているから。

究極的視点では、皆同等だと知っているからだ。

 

万物は、ブラフマンという思議することが不可思議な、高次の存在の中に生じた一時的なエネルギー。

 

だから、幸せを感じている魂がいれば、自分も嬉しくなる。

悲しさや辛さを感じている魂には同情し、有徳な魂には喜悦する。

不徳な魂には、その言動に至った背景を感じ取り、その者の幸福を祈念する。

 

魂と書いたのは、人間はもちろんのこと、万物に対してそう思うからだ。

 

姿形が異なって見えるけれど、名称が個々分かれているように感じるけれど、あらゆる属性や種別、階級などがあたかも存在しているように見えるけれど、動くものであれ動かないものであれ、万物はひとつであり無常。

 

自分も、宇宙の流れの中で生じた宇宙意識の一部であり、それぞれの魂にとって必要な学びが、毎瞬起こっているだけ。

 

皆、魂を学修する同志なのだ。

 

 

この物質世界にいる無数の魂が、それぞれにとって心地よく、裕福で幸せで、豊かであれますように。

 

10年前の私なら、想像もしなかった言葉。

でも今は、心からそう思える。

 

この想いは、他者に対してだけでなく、自分自身や宇宙とも繋がっていて、宇宙をも成した本源とも繋がっているのだから🍀

 

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