
ひょんなことから、都内に月300万円の家賃のする住宅があることを知った。
そのエリア一体がそのくらいの家賃相場で、古くから莫大な財を為してきた人が住んできたようである。
エゴの奴隷だった時の私がこの話を聞いたら、興奮していたかもしれない。
「自分もそうなる!」などと言い、それが叶っているかのようにアファメーションをしたり、イメージングをしたかもしれない。
けれど、今の私は違った。
私なら、家賃として300万円を使わず、毎月300人に10,000円を寄付する。
100人に毎月30,000円もいいし、無償の愛を配るところへ寄付するのもいい。
どのような方法であれ、私利私欲のために使わず、神のお金を神がお望みの場所に届けるなと感じたのだ。
月に300万円の家賃を支払いながら生活なさっている方は、それでもいいと思う。
300万円の万年筆や800万円のバック、5000万円の時計や3億円のネックレスを買う人がいるように、本人がそうしたいと思ってそれを行なっているのだから尊重するだけでなく、自分が稼いだお金を自分が使いたい場所へ使いたいと思うのは、普通だ。
私利私欲を優先させて日々を満喫することは、束の間の満足感も得られる。
ただ、莫大な量の煩悩を積んでいることは確かだ。
今世はどうにかうまく過ごせても、積み上げた煩悩潜在印象は、どこかで刈り取らなければならない。
煩悩によるエネルギーを浄化すべく、何度も何度もエゴを突き合わせる物質世界に生まれては、生老病死という輪廻を繰り返すことだろう。
私利私欲を満たしてはいけないのではない。
この世は無常なのだから、私利私欲を満たすばかりでは、空(から)できて空で還るだけになってしまうというだけのこと。
お金も物も、時間も空間も、人生を構成している身体でさえ、究極的視点では神のものだ。
あらゆるものを自分のものだと思い込むほどに、心は落ち着かず、平静さから遠ざかる。
そして、死ぬまで続く不安や葛藤、競争に身を委ね、エゴの欲求を満たすべく行為に促されていく。
先の人のように、今世死ぬまで私利私欲を満たし続け、煩悩を積み上げるために生まれる魂もいる。
私は、幾千回もの転生を経た今、ようやくすべてが神のものだと気づくことができたので、あらゆることに執着がなくなった。
そういった点では、私は普通ではない。
月に300万円の家賃を支払うのであれば、そのお金は分かち合うなと思っただけのこと。
どちらが良い悪いとか、偉い偉くないもない。
この世のすべては誰のものでもなく、宇宙をも成した根源のもの。
そのようにして物事を観ると、煩悩は自然に消滅していくものなのだから🍀




