朝目覚めると、私はまず、この身体に宿っていることを認識する。

両手両足を伸ばし、「今日も最高の一日が始まった!」と声に出してから口角を上げ、幸せな気分に数秒浸るのだ。

 

今日がどのような一日であれ、それはプラクリティのグナにすぎない。

万物を支えている根本より生じた一時的な波だということ。

 

この心と身体の複合体も、プラクリティのグナ。

 

だから、善性要素、動性要素、暗性要素、どのような出来事が起ころうとも、それを同等に観、淡々と今の自分がすべきことを行うのみ。

 

今日も目覚めたということは、内在者である魂がこの身体、この人生を通してまだやるべき業があるということだから。

 

自身の浄化のために自身のダルマを行い、人間を人間たらしめている人間のダルマを行い、宇宙の流れに奉仕する。

無心に精一杯、すべての行為と結果を捧げ、毎瞬、万物の背後にいる一点である根源的実在を感知する。

 

身体に宿っていながらも、自分自身が、そのものなのだと思い出す。

それが、今世の私の業。

 

 

外側からでは見えないことがある。

 

日々意識をどこに向けているのか。

どのようなフィーリングを感じているのか。

人生をどう生きようとしているのか。

 

それは、他者に証明したり、無理に分からせるものではない。

 

幸せが内にあり、喜びが内にあり、光明が内にある。

 

そう、内側で見出すものだと、私は思う🍀

 

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