切望することなく、所有意識もなく、自我意識もなく、

すべての欲望を手放して行動する人、彼は平安に達する。

 

古代インドの経典バガヴァッド・ギーター詳解(藤田晃著)を読んでいると、心が洗われていくのが分かる。

まさに、あらゆる苦悩の原因が、欲望や執着からきていると心底感じるからだ。

 

こうでなければならない、こうであるべきだ、私はこう、これは私のもの、これは私の成果、これは私の失敗などという自我意識。

自分が思う自分でありたいという欲。

世間体や見栄という幻夢に影響され、無意識に魂の声(本心)とは違った行動をしてしまうことによる葛藤。

幸福を得てもなお更なる幸福を求め、いつまでも心の底から満たされないなど、悩みは千差万別だ。

 

本当は、成功も失敗も、歓喜も喪失もなく、ただあるのは宇宙の源だけなのに、ついつい私たちは自分に起こる良いことも悪いことも「自分のもの」として見てしまい、欲が達成されれば束の間の幸せを感じたり、失敗や後悔があればいつまでも引きずってしまう。

 

切望することなく、所有意識もなく、自我意識もなく、淡々と目の前のことを執着せずに、すべての欲望を手放して行動すれば、迷わない。

損得勘定や見栄を気にせず、過去の何かを手放し、未来への幻夢に取り憑かれることなく「今」にいれば、心が落ち着いて平静になり、真の平安を得られるのだ。

 

 

2000年以上も前に生きた賢者が記した経典には、現代にも通ずる人生の悩みを解決する奥義が秘められている。

とてもシンプルな言葉なのに、なぜか実行できている人が少ないのは、この世の中自体が資本主義で、自分自身のエゴの奴隷になっているから。

そして、他人のエゴと比べたり競うことで、世界中が常に落ち着かず争っている。

 

すべては、神のもの。

すべてを成している宇宙の根源のもの。

誰のものでもなく、ただ一時的な現象として存在している生命が、一時的に保有しているにすぎない。

それを、自分と一体化させるから、悩み苦しくなってしまう。喪失を恐れたり、更なる獲得に執着してしまうのだ。

 

「私」という意識が、あらゆる苦悩を生み出している。

 

 

完全に執着を手放すことが難しくても、少しずつ欲望を手放していくと、本当に必要なものが見えてくる。

今までこだわっていたことが嘘のように消え去り、自分が今世成すべきことが分かる。自分がいるべき本来の場所、あるべき姿へと導かれていくのだ。

 

自我でもって物事を進めたり、自我による心の目で見ていたものを、切望することなく、所有意識もなく、自我意識もなく、すべての欲望を手放して行動すれば平安に達する。

 

特定の誰かや特定の場所、特定の何かは、あなたの悩みの根本的な解決にはならない。

何世紀にも渡り語り継がれている叡智にこそ、真理があるのだから🍀

 

 

おすすめの記事