
誰にでも、不得意なことや苦手なこと、違和感を感じることや、不快に感じる物事がある。
たとえ表向きにはそれを出していなくても、トラウマとなっている出来事や、無意識に避けているものがあるものなのだ。
ふとした時に蘇る嫌な記憶や、苦手な対象物への嫌悪感。
心が締め付けられるような悲しみや苦しみ、忘れられない怒りの出来事など、人の数だけ悩みがある。
これらの感情を感じることは、決して悪いことではない。
むしろ喜怒哀楽は自然な現象なので、感情を偽らないことの方が大切なのだ。
今回は、トラウマの対処法を3つお伝えしたい。
両方取り組んでみてもいいし、どちらかだけでもいい。
あなたにとって心地よく、取り入れやすい方法でアレンジしてみるのもオススメだ。
トラウマの対処法1
感情を素直に感じ切る
嫌な対象を思い出した時、または今まさに目にして感情が否定的に揺れ動いた時には、その感情を俯瞰してみる。
そして、偽らず、我慢せず、感情を素直に感じ切るのだ。
外出中や誰かと一緒にいる時など、自分一人でないと感情を素直に感じ切ることは難しいかもしれない。
その場合は、数秒間目を閉じて、ゆっくり深呼吸をする。
意識を眉間に定め、その感情を感じている自分を、そのまま受け入れてあげるのだ。
すると、痛みという感情は感じつつも、それを思考しなければ心が囚われなくなっていく感覚を味わえることだろう。
これは、脳が感情と思考の経路を意識の集中を通して分離する仕組みに由来している。
自分一人でいる時にトラウマが蘇ったのならば、今行っている作業を一旦止めて、湧き上がってきた感情を素直に感じ切ること。
思いっきり泣いたり、怒りの感情を何かしらの形で吐き出すことも、一人であれば容易であろう。
大声を出す、紙に書き出す、当たり障りのないものや不要なものを破る、壊す、強度の高い運動をするなど、内側に溜め込んでいた負のエネルギーを全開で解放させてあげるのだ。
自分の感情に素直に向き合い、感情を素直に感じ切るからこそ、ようやくそのトラウマを手放すことができるのである。
中途半端に自分の奥底に仕舞い込んで執着していると、何度も感情が蘇ってきてしまうだけでなく、思わぬ形で自分の内側から感情が爆発してしまう可能性もあるから、その時々で丁寧に自分の気持ちを受け止めてあげよう。
この繰り返しが、トラウマを和らげてくれる。
トラウマの対処法2
好きな音楽に没頭する
心のモヤモヤや葛藤、重荷を軽くするには、あなたの好きな音楽に没頭する時間を設けてみるといい。
好きな楽曲を流して歌ったり、口ずさんでみる。
できれば映像を見ながら曲を聴けると良い。なぜなら、映像を見ながら一緒に踊ることやリズムを刻むことで、好きな音程の波動域に、視覚と聴覚を通して自分を完全に没入させられるからだ。
ここで、恥ずかしがったり遠慮したりしないことが重要。
思いっきり自分を楽しませてあげるのである。
懐かしの曲や今ハマっている曲、好きな映画のサウンドトラックなど、ジャンルを問わずあなたの好きなリズムが一つはあることだろう。
それを心が満足するまで聴き、映像を見、身体全体を心地よい波動で包ませてあげる。
すると、没入したことで出る疲労感の奥にある心地よさと幸福感が相まって、心を締め付けていた重荷が軽くなっているのを感じられるようになる。
トラウマの対処法3
言霊の力を使う
嫌な感情を伴う対象物から逃げたい、避けたい、めんどくさい、けれど、どうしても自分がしなければならないという場面も人生にはあるものだ。
魂の進化向上に資する自身の業として、自分の目の前に顕現したものは好悪を問わず何であれ、宇宙の流れの中で生じた自身の浄化に適した計らいとはいえ、どうしても嫌悪感を抱いてしまうことや、何の前触れもなく急にトラウマが蘇り、目の前にそれがないにも関わらず、思考がトラウマに囚われ今行っていることに支障をきたすこともあるかもしれない。
そのような時は、それらに取り組んだり、対処したり、対応する前に、このような言葉を唱えてみるといい。
・万物がそれぞれにとって心地よく、
裕福で幸せで、豊かであれますように。
・姿形は異なるけれど、それぞれに
果たすべき業がある。
この人生は、この人生での責務を果たす。
・すべては、生じ、変化し、滅する
一時的なもの。
真の自分は、二元性を超越した
純粋至福そのものなんだ。
これらの言葉に自分を共鳴させていると、トラウマに囚われていた自分が、トラウマから分離されていくのを感じられるようになる。
特に一番目に記載した言霊に共鳴できるようになると、万物の背後にある万物の根底を司る源を観知できるようになるので、悩みの感じ方自体が変わっていくのを実感できることだろう。
以上が、トラウマへの対処法だ。
ちなみに、言霊の中で「私」という行為者主体を入れていないのには意味がある。
崇高な宇宙の流れをも成した万物の源と合一して生きる、という意識があるからだ。
万物の源には自他の垣根がなく、純粋至福という豊かさがあるだけ。
その純粋至福より生じた至高なる自分の本性である魂が宿った、一時的な心と体の複合体による人生を通して、今すべきことをしようという意識になると、トラウマに伴う痛みが軽減されるのである。
人生に起こるどのような出来事を通して、どのような感情を感じてもいい。
大切なのは、それを徹底的に受け止めてあげること。
そして、手放すことだ。
痛みも人生の一部。
感情がぶり返すことがあっても丁寧に向き合い、受け入れ、自分の感情を尊重してあげればいい。
自身の生まれ持つ潜在印象と今世積んだ潜在印象に伴い、否応なく直面する日々の出来事には、この上ないほどの魂の学びが含まれている。
どこに意識を向け、どう受け止め、どう対応するか。
それは、あなたの自我(エゴ)ではなく、真我(魂)が既に知っていることなのだから。




