
万物を創造し、支え、維持する不可思議なるものがある。
それは、世俗的な視点では観えてこないものだが、この世のあらゆるものの根底を貫いている根源だ。
時間も空間も、物質も、すべての根底にある『かのもの』は、古代インドの経典では『ブラフマン』と呼ばれており、目には見えずとも、そこにあるとしか言いようのない非実在たる根源的実在。
けれど、それを感知する人は多くない。
この世的な感覚器官を満たす物事の方が、魅力的に見えるからだ。
そして、それが普通だと思い込んでしまっている。
稀に、この普通に疑問を抱く者がいる。
他者とエゴを突き合わせ、感覚器官を満たし続けるという死ぬまで続く終わりのない行為に促されているという現象にふと気づき、疑問を感じるからだ。
姿形、名称が個々に異なっているように見えるこの物質世界を、背後で支えている深遠なるブラフマンの叡智は、2000年以上も前の時代を生きた人を通してこの世に表出し、時代を越え国を超え、今でも真理を探究する者の心を捉え続けている。
このことを、賢者は遥か昔から悟っていた。
ある人は『かのもの』をまれに観る。
ある人は『かのもの』についてまれに語る。
ある人は『かのもの』についてまれに聞く。
聞いたとしても、誰も『かのもの』を理解しない。
何千人もの人々の中で、まれに一人が成就に向けて努力する。
努力している成就者たちの中でも、まれに一人が実際に私を知る。
(藤田晃『バガヴァッド・ギーター』東方出版)
このように、『かのもの』について理解を深め探究できる人はほとんどおらず、人間を人間たらしめる人間としてのダルマを行うことなく私利私欲に塗れて煩悩を積み、この世を去ってはまた生まれ変わるという輪廻を繰り返していく。
この世は無常であり、生じ、変化し、滅する一時的な現象。
あなたの心と身体の複合体も、ブラフマンの上に生じた一時的な現象だ。
けれど、あなたの内側にいる真のあなたである『かのもの』は、あなたの本性に気づいてもらうのを待っている。
感覚器官を満たし続けるという終わりのない行為にふと疑問を持った時から、『かのもの』への探究が始まる。
それを行うことは、あなたをあなたたらしめる、今世のあなたのダルマであり、あなたを人間ならしめている人間としてのダルマなのだから🍀




