自分の家族そのまた家族と遡っていくと、40億年以上前に存在した人間も動物も植物も分離のない原始生命体に辿り着く。

そこから更に遡り、今から138億年前には宇宙が生まれた瞬間があった。

 

宇宙が生まれたということは、その前に何かがあったとしか言いようがない。

そのあったとしか言いようがないものが、古代インドの経典ではブラフマンと呼ばれている。

 

そう、万物は繋がっているのだ。

 

姿形が違って見えるけれど、各々に趣味嗜好が異なり、所有物が異なり、経験値が異なっているように見えるけれど、名称が個々に存在しているように見えるけれど、今見えている視点の奥にある流れを観る時、万物が繋がりひとつであることが分かる。

 

この考え方に確信に基づく信頼を懐くようになると、あらゆるものが自分の一部として感じられ、思い遣りや尊重の念で物事を観、価値観の多様性を容易に許容できるようになっていく。

 

個々に違って見えるのは、エゴ(アハンカーラ)というものを通してそう実感しているだけ。

それがあるからこそ、それぞれの魅力や才能が光り輝くことができるのだが、究極的視点ではそれらは誰のものでもなく本源のもの。

 

お金も、物も、時間も、空間も、この身体も、この身体から生み出される思考も、すべてが、宇宙をも成した本源のものなのだ。

 

 

万物は繋がっているのだから、争うよりも助け合う。

万物は繋がっているのだから、嫉妬や批判をするよりもお互いの良さを引き立て合えばいい。

 

自分という唯一無二の存在から生み出されるものを世の至高善のために役立たせようと思った時、真我の声を聴けるようになっていく。

 

 

「これは自分が作ったんだ」「これは私が開発した」「これは俺だけのものだ」と人は言う。

何かを誇示したり優劣をつけたり、承認や賞賛を求めようとする。

 

それは自然なことなのだが、根源的実在のお陰で、すべてが今この瞬間も為されているということを忘れずにいたいものである。

 

 

万物はひとつ。

ブラフマンでひとつ。

 

今日も世界が、愛と光の豊かさで包まれますように🍀

 

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